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はてしなき世界
はてしなきせかい
作品ID51079
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 3」 講談社
1977(昭和52)年1月10日
初出「童話」1923(大正12)年3月
入力者ぷろぼの青空工作員チーム入力班
校正者本読み小僧
公開 / 更新2014-05-22 / 2014-09-16
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 ここにかわいらしい、赤ちゃんがありました。赤ちゃんは、泣きさえすれば、いつも、おっぱいがもらわれるものだと思っていました。まことに、そのはずであります。いつも赤ちゃんが泣きさえすれば、やさしいお母さんはそばについていて、柔らかな、白いあたたかな乳房を赤ちゃんの唇へもっていったからであります。
 それから、まただいぶ日がたちました。
 赤ちゃんは、もとよりまだものがいえませんでした。ただ手まねをしてみせたばかりです。赤ちゃんは、なにかお菓子がほしいと、小さなかわいらしい、それは大人の口なら一口でのんでしまわれそうな、やわらかな掌を振って、「おくれ。」をいたしました。
 すると、なんでも、よく赤ちゃんの心持ちがわかるお母さんは、いつでも、赤ちゃんの好きそうな、そして毒にならないお菓子を与えました。それで、赤ちゃんは、いつもお乳が飲みたければ、すぐにお乳が飲まれ、またお菓子がほしければ、いつでもお菓子をもらうことができたのです。
 赤ちゃんは、そう都合よくいくのを、けっして不思議ともなんとも思いませんでした。そして、むしろそれがあたりまえのように思っていました。というのは、お母さんがそばにいなかったときでも、おっぱいがほしいといって、すぐにもらわれないと怒って泣いたからです。
 あるとき、赤ちゃんは、だれもそばにいなかったとき、茶だんすにつかまって立ちながら、たなの上に乗っている、めざまし時計をながめました。時計は、カッチ、カッチ、といって、なにかいっていました。赤ちゃんは、不思議なものを見たように、しばらく、びっくりした目つきで、黙って時計を見ていました。そして、赤ちゃんはにっこりと笑いました。赤ちゃんは、時計がなにかいって、自分をあやしてくれると思ったのです。赤ちゃんは、時計をいつまでも見ていました。時計はしきりに、なにか赤ちゃんに向かっていっていますので、赤ちゃんは、幾たびもにっこりと笑って、時計に答えていました。そのうちに、赤ちゃんは、お菓子がほしくなりました。それで、かわいらしい右手を出して、時計に向かって、「おくれ。」をしました。
 円い顔の時計は、ちょっと頭をかしげて、笑い顔をしましたが、なんにも赤ちゃんに与えるものを、時計は持っていませんでした。赤ちゃんは、幾たびも幾たびも「おくれ。」をしました。しかし、なんの応えもなかったのです。このことは、どんなに、赤ちゃんをさびしく、また頼りなく感じさせたかわかりません。そして、そのとき、急に赤ちゃんは、お母さんがなつかしく、恋しくなりました。
 赤ちゃんは、急に泣き顔をしました。そして、身のまわりを見まわしましたけれど、そこにはお母さんがいませんでした。さびしさをこらえていたのが、ついに我慢がしきれなくなって、赤ちゃんは大きな声をあげて泣き出しました。すると、お母さんは、驚いて、走ってきました。
 こうし…

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