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幾年もたった後
いくねんもたったのち
作品ID51085
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 3」 講談社
1977(昭和52)年1月10日
入力者ぷろぼの青空工作員チーム入力班
校正者本読み小僧
公開 / 更新2012-12-05 / 2014-09-16
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 ある輝かしい日のことです。父親は、子供の手を引きながら道を歩いていました。
 まだ昨日降った雨の水が、ところどころ地のくぼみにたまっていました。その水の面にも、日の光は美しく照らして輝いていました。
 子供は、その水たまりをのぞき込むように、その前にくると歩みを止めてたたずみました。
「坊や、そこは水たまりだよ。入ると足が汚れるから、こっちを歩くのだよ。」と、父親はいいました。
 子供は、そんなことは耳にはいらないように、笑って足先で、水の面を踏もうとしていました。
「足が汚れるよ。」と、父親は無理に、やわらかな白い子供の腕を引っ張りました。すると、子供は、やっと父親のあとについてきましたが、また、二足三足歩くと、また立ち止まって、こんどは頭の上に垂れ下がった木の枝をながめて笑っていました。
 その木は、なんの木か知らなかったけれど、緑色の葉がしげっていました。そして、その緑色の葉の一つ一つは、青玉のように美しく日に輝いていました。
 父親は子供がうれしそうに、木の葉の動くのをながめて笑っているようすを見るにつけ、また水たまりをおもしろそうにのぞき込んだようすを思い出すにつけ、この世の中が、どんなに子供の目には美しく見えるのだろうかと考えずにはいられませんでした。
 父親は、子供の手を引いて、ゆるゆると道の上を歩いていきました。そして、父親は、自分も、こんなように子供の時分があったのだということを、ふと心の中に思い出したのであります。
「やはり自分もこんなように、歩いたのであろう。やはり自分の目にも、こんなように、映ったものはなんでも美しく見えたことがあったのであろう。」と、父親は思ったのでありました。
 しかし、もう、いまとなっては、そんな昔のことをすっかり忘れてしまいました。これは、ひとり、この父親ばかりにかぎったことではないでありましょう。みんな人間というものは一度経験したことも年をたつにつれて、だんだんと忘れてしまうものです。そして、もう一度それを知りたいと思っても思い出すことができないのであります。
「ああ、どんな気持ちだろうか? もう一度自分もあんな子供の時分になってみたい。」と、父親はしみじみと思いました。
 この父親は、やさしい、いい人でありました。無邪気な、世の中のいろいろなことはなにも知らない、ただ、なにもかもが美しく、そして、みんな笑っているようにしか見えない子供の心持ちを、ほんとうに哀れに感じていました。それでありますから、できるだけ、子供にやさしく、そして、しんせつにしてやろうと思いました。
 子供は、二足、三足歩くと足もとの小石を拾って、それを珍しそうに、ながめていました。鶏が餌を探していると立ち止まって、
「とっと、とっと。」といって、ぼんやりとながめていました。
 また小犬が遊んでいると、子供は立ち止まって、じっとそれをば見…

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