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くもと草
くもとくさ
作品ID51087
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 3」 講談社
1977(昭和52)年1月10日
入力者ぷろぼの青空工作員チーム入力班
校正者本読み小僧
公開 / 更新2012-12-17 / 2014-09-16
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 ちょうど赤ちゃんが、目が見えるようになって、ものを見て笑ったときのように、小さな花が道ばたで咲きました。
 花の命は、まことに短いのであります。ひどい雨や、強い風が吹いたなら、いつなんどきでも散ってしまわなければならない運命でありました。
 しかし、このはかない間が、花にとってまたこのうえの楽しいことがないときだったのです。晴れやかな陽の顔も、またあのやわらかな感じのする雲の姿も、みつばちのおとずれも、その楽しいことの一つでありましたが、その中にもいちばん喜ばしい心の踊ることは、美しいちょうのどこからか、飛んできて止まることでありました。
 この道ばたに咲いた小さな花は、この世の中に、ぱっとかわいらしい瞳を開いたときからどんなに、ちょうのくることについて空想したかしれません。
「自分のような人目をひかない花には、どうして、そんなに空想するような、きれいなちょうがきて止まることがあろう?」
 こう、花は悲しく笑ったこともありました。重い荷を車に積んでゆく、荷馬車の足跡や、轍から起こる塵埃に頭が白くなることもありましたが、花は、自分の行く末にいろいろな望みをもたずにはいられなかったのです。
 道ばたでありますから、かや、はえがよくきて、その花の上や、また葉の上にもとまりました。花は、毎日、日暮れ方になると、ブンブンと鳴く、かの音を聞きました。またあるときは、はえの汚れた足で体をきたなくされることをいといました。しかし、それをどうすることもできなかったのです。
 ある日のこと、怖ろしい顔つきをした大ぐもが、どこからかやってきました。
「かわいそうに、かや、はえが毎日ここへはやってきませんか? そして、あなたを苦しめはしませんか?」と、くもは、さも深く同情をしたような言葉つきでたずねました。
 花は、くもが、顔つきに似ず、やさしくいってくれますので、なんだか涙ぐましく感じました。
「やってはきますが、べつに、わたしをいじめはいたしませんから我慢をしています。」と、花は答えました。
 くもは、大きな光る目を怒らして、
「それは、悪いやつらです。私が、征伐をしてあげます。あなたは、そのかわり、しばらく窮屈な思いをしなくてはなりません。」と、命令するようにいって、くもは、ろくろく花の返答も気かずに、細い糸で葉と葉との間や、茎と茎との間に網を張りはじめました。
 花にとってこのくもの巣が、どんなに、かや、はえのくることより迷惑であるかしれなかったのです。
 花は、この厚顔ましいくもが、せめて花弁だけ、糸でしばりつけないのを、せめてものしあわせと考えていました。そして、くもは、横着者であって、かや、はえがこないときは、根もとの方に隠れて眠っていました。
 ある日、きれいなちょうが飛んできました。そして、花の上にとまりました。
「なんて、いい香いのする、かわいらしい花でしょう…

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