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月夜と眼鏡
つきよとめがね
作品ID51089
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 3」 講談社
1977(昭和52)年1月10日
初出「赤い鳥」赤い鳥社、1922(大正11)年7月
入力者ぷろぼの青空工作員チーム入力班
校正者本読み小僧
公開 / 更新2014-05-22 / 2014-09-16
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 町も、野も、いたるところ、緑の葉に包まれているころでありました。
 おだやかな、月のいい晩のことであります。静かな町のはずれにおばあさんは住んでいましたが、おばあさんは、ただ一人、窓の下にすわって、針仕事をしていました。
 ランプの灯が、あたりを平和に照らしていました。おばあさんは、もういい年でありましたから、目がかすんで、針のめどによく糸が通らないので、ランプの灯に、いくたびも、すかしてながめたり、また、しわのよった指さきで、細い糸をよったりしていました。
 月の光は、うす青く、この世界を照らしていました。なまあたたかな水の中に、木立も、家も、丘も、みんな浸されたようであります。おばあさんは、こうして仕事をしながら、自分の若い時分のことや、また、遠方の親戚のことや、離れて暮らしている孫娘のことなどを、空想していたのであります。
 目ざまし時計の音が、カタ、コト、カタ、コトとたなの上で刻んでいる音がするばかりで、あたりはしんと静まっていました。ときどき町の人通りのたくさんな、にぎやかな巷の方から、なにか物売りの声や、また、汽車のゆく音のような、かすかなとどろきが聞こえてくるばかりであります。
 おばあさんは、いま自分はどこにどうしているのすら、思い出せないように、ぼんやりとして、夢を見るような穏やかな気持ちですわっていました。
 このとき、外の戸をコト、コトたたく音がしました。おばあさんは、だいぶ遠くなった耳を、その音のする方にかたむけました。いま時分、だれもたずねてくるはずがないからです。きっとこれは、風の音だろうと思いました。風は、こうして、あてもなく野原や、町を通るのであります。
 すると、今度、すぐ窓の下に、小さな足音がしました。おばあさんは、いつもに似ず、それをききつけました。
「おばあさん、おばあさん。」と、だれか呼ぶのであります。
 おばあさんは、最初は、自分の耳のせいでないかと思いました。そして、手を動かすのをやめていました。
「おばあさん、窓を開けてください。」と、また、だれかいいました。
 おばあさんは、だれが、そういうのだろうと思って、立って、窓の戸を開けました。外は、青白い月の光が、あたりを昼間のように、明るく照らしているのであります。
 窓の下には、脊のあまり高くない男が立って、上を向いていました。男は、黒い眼鏡をかけて、ひげがありました。
「私は、おまえさんを知らないが、だれですか?」と、おばあさんはいいました。
 おばあさんは、見知らない男の顔を見て、この人はどこか家をまちがえてたずねてきたのではないかと思いました。
「私は、眼鏡売りです。いろいろな眼鏡をたくさん持っています。この町へは、はじめてですが、じつに気持ちのいいきれいな町です。今夜は月がいいから、こうして売って歩くのです。」と、その男はいいました。
 おばあさんは、…

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