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遠くで鳴る雷
とおくでなるかみなり
作品ID51091
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 3」 講談社
1977(昭和52)年1月10日
入力者ぷろぼの青空工作員チーム入力班
校正者本読み小僧
公開 / 更新2014-05-22 / 2014-09-16
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 二郎は、前の圃にまいた、いろいろの野菜の種子が、雨の降った後で、かわいらしい芽を黒土の面に出したのを見ました。
 小さなちょうの羽のように、二つ、葉をそろえて芽を出しはじめたのは、きゅうりであります。
 そのほかにもかぼちゃ、とうもろこしの芽などが生えてきました。
 きゅうりは、だんだんと細い糸のようなつるを出しました。お母さんは、きゅうりの植わっているところに、たなを造ってやりました。たなといっても、垣根のようなものであります。それに、きゅうりのつるはからみついて、のびてゆくのであります。
 やがて、ほかのいろいろな野菜の芽も大きくなりましたが、いつしかきゅうりのつるは、その垣根にいっぱいにはいまわって、青々とした、厚みのある、そして、白いとげのようなうぶ毛をもった葉がしげりあったのでありました。
 そのうちに、黄色の、小さな花が咲きました。その花のしぼんだ後には、青い青い、細長い実がなったのであります。
 二郎は、毎年、夏になると、こうしてきゅうりのなるのを見るのでありますが、その初なりの時分には、どんなにそれを見るのが楽しかったでしょう。
「もう、あんなに大きくなった。」と、彼は、毎日のように、家の前の圃に出ては、きゅうりの葉蔭をのぞいて、一日ましに大きくなってゆく、青い実を見ては、よろこんでいたのであります。
 いくつもきゅうりの実はなりましたが、その中に、いちばん先になったのが、いちばん大きくみごとにできました。
「お母さん、きゅうりがあんなに大きくなりましたよ。」と、二郎は、外から家の内に入ると、毎日のように母親に告げました。
「ほんとうに、いいきゅうりがなったね。」と、お母さんはいわれました。
 二郎は、そのきゅうりがよくてよくて、しょうがありません。
 毎日それに、さわってみては、もいでもいい時分ではないかと思っていました。
 ある日のことでありました。お母さんは、二郎に向かって、
「二郎や、あの大きくなったきゅうりをもいでおいでなさい。つるをいためないように、ここにはさみがあるから、上手にもいでおいで。」といわれました。
 二郎は、さっそく圃へと勇んでゆきました。そして、はさみを握って、葉蔭をのぞきますと、そこに大きなきゅうりがぶらさがっています。
 二郎は、なんとなくそれをもぐのがしのびないような、哀れなような、惜しいような気がしてしばらくそこに立っていました。
 二郎は、ぼんやりとして、夢のように、きゅうりが芽を出したばかりの姿や、やっと竹にからみついて、黄色な花を咲かせた時分を思い出すと、ほんとうにこの実をつるから切り離すのがかわいそうでならなかったのです。
 二郎は、チョキンときゅうりをもぎました。そして、それを鼻にあてて匂いをかいだり、もっと自分の目に近づけて、このいきいきとした、とりたての、新しい青い実をながめたのであります。…

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