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島の暮れ方の話
しまのくれがたのはなし
作品ID51096
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 3」 講談社
1977(昭和52)年1月10日
入力者ぷろぼの青空工作員チーム入力班
校正者江村秀之
公開 / 更新2014-02-27 / 2014-09-16
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 南方の暖かな島でありました。そこには冬といっても、名ばかりで、いつも花が咲き乱れていました。
 ある早春の、黄昏のことでありました。一人の旅人は、道を急いでいました。このあたりは、はじめてとみえて、右を見たり、左を見たりして、自分のゆく村を探していたのであります。
 この旅人は、ここにくるまでには、長い道を歩きました。また、船にも乗らなければなりませんでした。遠い国から、この島に住んでいる、親戚のものをたずねてきたのであります。
 旅人は、道ばたに水仙の花が夢のように咲いているのを見ました。また、山に真っ赤なつばきの花が咲いているのを見ました。そして、そのあたりは野原や、丘であって、人家というものを見ませんでした。暖かな風は、海の方から吹いてきました。その風には、花の香りが含んでいました。そして、日はだんだんと西の山の端に沈みかけていたのであります。
「もう日が暮れかかるが、どう道をいったら、自分のゆこうとする村に着くだろう。」と、旅人は立ち止まって思案しました。
 どうか、このあたりに、聞くような家が、ないかと、また、しばらく、右を見たり、左を見たりして歩いてゆきました。ただ、波の岩に打ち寄せて砕ける音が、静かな夕空の下に、かすかに聞こえてくるばかりであります。
 このとき、ふと旅人は、あちらに一軒のわら屋を見つけました。その屋根はとび色がかっていました。彼はその家の方に近づいてゆきますと、みすぼらしい家であって、垣根などが壊れて、手を入れたようすとてありません。彼は、だれが、その家に住んでいるのだろうと思いました。
 だんだん近づくと、旅人は、二度びっくりいたしました。それはそれは美しい、いままでに見たことのないような、若い女がその家の門にしょんぼりと立っていたのでした。
 女は、長い髪を肩から後ろに垂れていました。歯は細かく清らかで、目は、すきとおるように澄んでいて、唇は花のようにうるわしく、その額の色は白かったのです。
 旅人は、どうして、こんな島に、こうした美しい女が住んでいるかと思いました。またこんな島だからこそ、こうした美しい女が住んでいるのだとも考えました。
 旅人は、女の前までいって、
「私は、お宮のある村へゆきたいと思うのですが、どの道をいったらいいでしょうか。」といって、たずねました。
 女は、にこやかに、さびしい笑いを顔にうかべました。
「あなたは、旅のお人ですね。」といいました。
「そうです。」と、旅人は答えました。
 女は、すこしばかり、ためらってみえましたが、
「わたしは、どうせあちらの方までゆきますから、そこまで、ごいっしょにまいりましょう。」といいました。
 旅人は、「どうぞそうお願いいたします。」と頼みました。そして、二人は、道を歩きかけたときに、旅人は、女を振り向いて、
「あの家は、あなたのお住まいではないのですか?」…

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