えあ草紙・青空図書館 - 作品カード
楽天Kobo表紙検索
泣きんぼうの話
なきんぼうのはなし |
|
作品ID | 51099 |
---|---|
著者 | 小川 未明 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「定本小川未明童話全集 3」 講談社 1977(昭和52)年1月10日 |
初出 | 「時事新報」1922(大正11)年8月16日 |
入力者 | ぷろぼの青空工作員チーム入力班 |
校正者 | 江村秀之 |
公開 / 更新 | 2014-01-10 / 2014-09-16 |
長さの目安 | 約 5 ページ(500字/頁で計算) |
広告
広告
あるところに、毎日、よく泣く子がありました。その泣き様といったら、ひい、ひいといって、耳がつんぼになりそうなばかりでなく、いまにも火が、あたりにつきそうにさえ思われるほどです。
その近所の人々は、この子が泣くと、
「また、泣きんぼうが、泣きだしたぞ。ああたまらない。」といって、まゆをひそめました。
「泣きんぼう」といえば、だれひとり、知らぬものがなかったほどでありました。
こんな泣きんぼうでも、おばあさんだけは、目に入るほど、かわいいとみえて、泣きんぼうの後から、どこへでもついて歩きました。
「いい子だから泣くでない。そんなに泣くと、血がみんな頭に上ってしまって大毒だ。みなさんが、あれ、あんなに見て笑っていなさる……さあ、もう、いい子だから、泣かんでおくれ。」と、おばあさんだけはいいました。
そんな、やさしいことをいったくらいで、きく子ではありませんでした。
ある日のこと、往来の上で、なにか気に入らないことがあったとみえて、泣きんぼうは、泣き出しました。おばあさんは、また、大きな声を出しては困ると思ったから、
「なにがそんなに気に入らなかったのだ。いっておくれ、なんでもおまえの気に入るようにしてやるから。いい子だから、もう、そんなに大きな声を出して泣かないでおくれ。」と、あとから、子供について歩いて、おばあさんは頼みました。
泣きんぼうは、やさしくいわれると、ますます体を揺すぶって、空を向いて、両手をだらりと垂れて、顔いっぱいに大きな口を開けて泣き出しました。いがぐり頭を日にさらしながら、涙は光って、玉となって日に焼けた顔の上を走りました。
白髪のおばあさんは、さしている日がさを地面に置いて、子供をすかしたり、なだめたりしました。二人の立っている往来の空には、とんぼが、羽を輝かしながら飛んでいます。
「やだい。やだい。ひい――ひい。」と、子供はいって、泣きました。
日盛りごろで、あたりは、しんとして、強い夏の日光が、木の葉や、草の葉の上にきらきらときらめいているばかりでした。人々は、家の中で、昼寝でもしようと思っているやさきなものですから、頭を枕からあげて口説きました。
「また、泣きんぼうが泣きだした。あんな、いやな子は、この世界じゅうさがしたってない。」と、ののしったものもあります。
「坊や、いい子だ。おばあさんが悪かったのだから、もう泣かんでおくれ。ほれ、ほれ、みんな出て坊やを見てたまげていなさる。あっちをごらん。」と、おばあさんは、子供の気をまぎらせようと苦心しました。けれど、子供は、泣きやみませんでした。
このとき、あちらの家から、だれか頭を出しました。
「あ、やかましくてしようがありませんね。泣かないようにしてください。」といいました。
「ほら、ごらん、やかましいとおっしゃる。いい子だから泣くでない。」と、おばあさんは、しわの寄っ…