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![]() むらのきょうだい |
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作品ID | 51103 |
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著者 | 小川 未明 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「定本小川未明童話全集 3」 講談社 1977(昭和52)年1月10日 |
入力者 | ぷろぼの青空工作員チーム入力班 |
校正者 | 江村秀之 |
公開 / 更新 | 2014-01-22 / 2014-09-16 |
長さの目安 | 約 6 ページ(500字/頁で計算) |
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ある田舎に、仲のよい兄弟がありました。ある日のこと、兄は、一人で重い荷を車にのせて、それを引いて町へ出かけてゆきました。道すがら兄は、弟のことを頭の中で思っていました。
「頭のいい、やさしい、いい弟だ。俺はこうして働いても、せめて弟だけは、勉強をさせてやりたいものだ。」
などと考えていました。そして、ガタ、ガタと車をひいてきかかりますと、あちらの松の木蔭に見慣れないおじいさんが休んでいました。
おじいさんは、荷をつけた車が前にさしかかると、
「もし、もし。」といって、車を呼び止めました。
兄は、なにごとがあって、呼び止めたのだろうと思って、額ぎわに流れる汗をふいて、おじいさんの方を向いて立ち止まりました。
「私は、旅をするものだが、足が疲れてしまって歩けないから、どうか、その車に乗せて町までつれていってくださらないか。」と、おじいさんはいったのです。
兄はいつもならわけのないことだと思いました。しかし、今日は特別に重い荷をつけてきたので、このうえ人間を乗せるということは難儀でした。
「私の荷は重いのですが、この後から軽そうな荷をつけてきた人にお頼みくださいませんか。」と、兄は答えました。
すると、そのおじいさんは、頭を振りながら、
「この前にいった人にも頼んだら、いま、おまえさんがいったようなことをいって断った。そういわないで乗せてくださらないか。」と、おじいさんは頼みました。
兄は、つくづくそのおじいさんを見ましたが、身体が小さく、あまり重そうでもないようですから、
「そんなら、乗せていってあげます。そのかわり、そう早くは引かれません。」といって、おじいさんを抱くようにして、助けて、車の上に乗せてやりました。
おじいさんは、車の上に乗ってたいそう喜んでいました。
「人間というものは、だれにでもしんせつにするものだ。みんなが、そう心がつきさえすれば、世の中はいつも円く治まるのだ。」というようなことを途すがら、おじいさんは、車の上で話をいたしました。
やがて、車が町に入りました。すると、おじいさんは、
「もう、ここでいいから降ろしておくれ。」といいました。兄は、そこで、おじいさんを抱いて降ろしてやりました。おじいさんは、兄に向って礼をいいました。
「私は、旅から旅へまわって歩く人間だから、べつに、お礼としておまえさんにあげる金はないが……。」といいました。
兄は、こういいかけるおじいさんの言葉をさえぎりました。
「私は、そんなものをいただく気で、あなたを車に乗せてあげたのでありません。」といいました。
「いや、ようしんせつに乗せてくだされた。私はここに良薬を持っている。この薬さえのめば、どんな病気でもなおらないことはない。この薬はどこを探したってない。私は、支那から帰った人にもらったのだ、この薬をおまえさんにあげる。この薬は、もう助からないと…