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検疫と荷物検査
けんえきとにもつけんさ
作品ID51135
著者杉村 楚人冠
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本の名随筆79 港」 作品社
1989(平成元)年5月25日
入力者浦山敦子
校正者noriko saito
公開 / 更新2018-07-25 / 2018-06-27
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 午後三時十五分にゴールデンゲートを過ぎてから、今迄にもう何時間経つたと思ふぞ。
 先づ検疫船が来て検疫医が乗り込む。一等船客一同大食堂に呼び集められて、事務長が変な所にアクセントをつけて船客の名を読み上げる。読み上げられた者は、一人々々検疫医の列んだ段階子の下を通つて上へ出て行く。『ミストル・アサヤーマ』。「ヤ」で調子を上げて少し引ツ張つて「マ」で下げる。成程山のやうに聞える。『ミストル・ヘーガ』。日本人の給仕が気を利せて『芳賀さん』と読み直す。『ミストル・ホーライ』。これは堀だ。『ミストル・アイカイ』。之は猪飼だ。『ミストル・キャツダ』。勝田君が出で行く。『彼奴だ/\』と、皆くす/\笑ふ。自分のことを笑つたのかと、左なきだに無愛想な顔をしたモンゴリア号の事務長は、益むづかしい顔をする。
 検疫は五時に済んだ。今度は税関の小蒸気が著く。之にはクック社の桑港支社長ストークス君やら、朝日新聞社桑港特派員清瀬規矩雄君などが便乗して来たので、陸上の模様明日の見物の次第などを語り合つて、大方賑やかになつて来た。税関附の官吏が来て、大蔵省から桑港税関長へ宛てた書面の写を呉れる。見ると、一周会員の荷物は東京駐剳大使の照会があつたので、一々検査を加ふるに及ばぬとの内訓である。
 其の中新聞記者が来る、出迎人が来る。汽船会社の雇人が来る。甲板は上中下ともぎツしり人で埋まつて了つた。陸の方を見ると、いつしか我が船は港目近に進んで、桑港の町々はつい鼻の先に見える。我等の泊るべきフェアモント・ホテルは高い丘の上に突ツ立つて居る。夫から下の方へかけて、カリフォルニヤ街の坂道を、断間なく鋼索鉄道の往来するのが見える。地震の時に焼けたのが彼処、近頃建てかけた市庁は彼と、甲板の上の評定とり/″\頗る喧しい。
 六時が七時になつても、船はひた/\と波止場の際まで押し寄せて居ながら、まだなか/\著けさうにない。其のうち又しても銅鑼が鳴る。孰れも渋々食堂に下りて、例に依つて旨くも何ともない晩餐の卓子に就く。食事がすんで又甲板に出ると、日は既にとツぷりと暮れて、やツとのことで船は桟橋に横づけになつたらしい。時計を見ると早や九時。ゴールデンゲートから此処迄に四時間かゝつた勘定になる。
 桟橋に出て見ると、がらんとした大桟橋の上屋の下に、三つ四つ卓子を列べて、税関の役人が蝋燭の光で手荷物の検査をして居る。卓子の側が僅に少しばかり明るいだけで、其の外は電灯一つ点けず、真黒闇のまゝで何処を何方に行つて宜いかさツぱり分らぬ。此処でさん/″\待たせられて、彼此三四十分暗黒の中に立つた後、漸く桟橋の外に出ることが出来た。持ち出したのは形ばかりの小さな手荷物で、大きなトランクは明朝取りに来いとのことだ。人を馬鹿にするにも程があると、皆ぷん/\する。
 後で聞けば、何でも太平洋汽船会社と税関だか桟橋会社だかとの間…

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