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道ひらく
みちひらく |
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作品ID | 51138 |
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著者 | 相馬 御風 Ⓦ |
文字遣い | 新字旧仮名 |
底本 |
「日本の名随筆90 道」 作品社 1990(平成2)年4月25日 |
入力者 | 浦山敦子 |
校正者 | noriko saito |
公開 / 更新 | 2024-05-08 / 2024-05-06 |
長さの目安 | 約 4 ページ(500字/頁で計算) |
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この二三日真黒なシマキ雲が時々海の方から吹き上げられて来て、すさまじい突風と共に霰となつて私達を脅かす。一しきりそれが過ぎ去ると、頭の上の空の一ところがケロリと晴れた青空と日の光を見せるのであるが、すぐに又真黒な雲が吹き上げられて来る。いよ/\冬がやつて来たのだ。
僅の晴間に二階の窓から山の方を見ると、すぐそこまでもう真白になつてゐる。山奥の村々はとうにもう雪に見舞はれてゐることであらう。
私の庭では淡紅色の山茶花がいつの間にか散つてしまつて、花片が濡れた地面に泥まみれになつてあちこちに散らばつてゐる。玄関脇の八ツ手の花も苞をぬいでゐる。小池の金魚も鯉も深いところにちゞこまつてゐると見えて姿を見せない。
庭一めんに散らばつた柘榴や、萩や、楓の黄葉の上に、ハラ/\と音を立てゝ霰の降る風情はさびしいうちにも何となくなつかしみがある。寒くなつて来ると、隣人達との挨拶も急に親しみを増したやうに感じられる。
自然のかうしたさびしい光景の中に、私達の町ではこゝの駅を起点としていつかは表日本へ通ずる予定の鉄道がいよ/\一部開通することになり、その歓びにわき返つてゐる。
南の空には白馬ヶ岳をはじめとして大山高嶽が屏風を立てたやうに立ちふさがつてゐる。そしてそれらの山々はもう一ヶ月以上前から真白に雪を被つてゐる。「あの山越えて南へ!」のあこがれは、冬になるとこの土地の人々の遠い昔から持ちつゞけて来たところであつた。
それが今や鉄道によつて充たさるべき時代に到着したのである。その鉄道の開通によつて自分達の町が経済的に如何なる影響を将来に於て受けるであらうかといふやうな現実生活上の重大問題などはそつちのけにして、人々が今の場合ひたすら歓喜にのぼせてゐるのも、あながち笑ふべきでない。
開通する線路の長さは、ほんの三哩ほどでしかない。しかしそんなことは今の場合問題ではない。ながい/\間のあこがれであつた南の明るい方への新たな道が、兎に角開かれかけたのだ。希望がその実現の曙光を見せたのだ。
「しかすがに心明るし……」の感は、私なんかのやうな引込思案の者にすら時ならぬ胸のときめきを覚えさせずには措かない。
みすゞかる信濃の国の安曇野へ越ゆる山ぬき道ひらくてふ
岩を破るハッパの音も聞き慣れて安けくはゐむ山の子等さへ
私はこの頃二階の窓から信濃境の、しかも新たに鉄道が開かれて行くといふあたりの山々を眺めながら、これまでとは異つた想像を描くやうになつた。かなり親しみ深い姫川谿谷の風景を汽車の窓から眺めながら、やがて幾つかのトンネルをくゞる。そこにはもう日本アルプス山麓の安曇高原が展開されてゐる。空が急にカラリと晴れて、壮大神厳な山容が車窓に迫つてゐる。暗い国から急に明るい国に出たので、堪へられないほどの眩しさである。やがて大町から松本へ……そして一路直ちに表日本へ、又東京へ……