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若い僧侶の話
わかいそうりょのはなし
作品ID51164
著者スティーブンソン ロバート・ルイス
翻訳者佐藤 緑葉
文字遣い旧字旧仮名
底本 「新アラビヤ夜話」 岩波文庫、岩波書店
1934(昭和9)年6月30日
入力者門田裕志
校正者sogo
公開 / 更新2018-11-13 / 2018-10-24
長さの目安約 32 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 サイモン・ロールズ師は倫理學でも名の聞こえた人だつたが、神學の研究でも竝々ならぬ練達の士であつた。彼の「社會的の義務に關する基督教義に就て」と題する論文は、それが出版された當時、牛津大學で相當な評判となつたものであつた。また僧侶や學者の仲間では、若いロールズ氏が教父の權能に關する大著述――それは二折本になるといふ事だつた――を考へてゐるといふ事も一般に知られてゐた。だが之等の學識も、功名心に滿ちた計畫も、まだ彼を高僧の地位に陞らせる助けにはならなかつた。そこで彼は先づ何よりも牧師補の地位に有りつかうとしたのであつたが、その頃ふとした事から倫敦のある方面をぶらついてゐると、靜かで庭の眺めの面白い家に行き當つた。獨りで暮してしつかり勉強したいとも思ひ、また下宿料も安かつたので、かうして彼はスタックダヴ町の植木屋のレイバーンの家に住むことになつたのであつた。
 一日に七八時間づゝ聖アンブローズだの、聖クリサスタムなどの事を研究した後で、毎日午後になると、彼はきまつて薔薇の花の咲き匂つてゐる間を、冥想しながら散歩する事にしてゐた。そしてかういふ折が一日の中でも最も良い考への浮ぶ時であつた。だが思想を求めてやまぬ眞面目な究理心も、解決を待つてゐる重大問題に關する心の昂奮も、世間の小さな動搖や、または世間との接觸から、いつもこの哲學者の心を引き留めて置くとは限らなかつた。そこでロールズ氏は、ヴァンデラー將軍の秘書役が着物をぼろ/\にして、からだからは血を流して、宿の亭主と連れだつてゐるのを見た時、また二人が顏色をかへて、何か聞かれるのを避けようとしたのを見た時、そして殊に秘書役が如何にもそしらぬ顏をして、自分の名を打ち消した時には、彼は忽ち聖者も教父も忘れ果てゝ、ありふれた強い好奇心を起したのであつた。
「私が間違つてゐる筈はない。」と、彼は考へた。「確かにあれはハートリー君だ。どうしてあんな慘めな樣子になつたのだらう? なぜ自分の名を打ち消したのだらう? そしてこゝの亭主のあの腹黒らしい男に何の用があるのだらう?」
 彼がかうして思案をめぐらしてゐると、今一つ奇體な出來事が彼の注意を惹いた。レイバーンの顏が戸口の次の低い窓に現はれた。そして偶然にもその眼がロールズ氏の眼と行きあつた。すると植木屋はどぎまぎして、びつくりしたやうな樣子さへあらはした。そして直ぐその後で部屋の日よけが忙しく引きおろされたのであつた。
「これでも別に何事も無いのかも知れない。」と、ロールズ氏は思案した。「これでも至極當り前の事かも知れない。だが私は確かにさうでないと思ふ。疑はしさうな容子をしたり、後ぐらい態度をとつたり、嘘を吐いたり、人から見られるのを恐れたり――どうも確かに、」と、彼は考へた。「二人は何か不都合な事を企てゝゐるのだ。」
 誰の心の中にでもある探偵心が眼をさまして、それがロ…

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