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![]() にんげんのたまご |
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作品ID | 51170 |
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著者 | 高田 義一郎 Ⓦ |
文字遣い | 旧字旧仮名 |
底本 |
「現代ユウモア全集 第十一卷 高田義一郎集 らく我記」 現代ユウモア全集刊行會 1928(昭和3)年11月20日 |
初出 | 「科学画報」1927(昭和2)年7月号~8月号 |
入力者 | 宮城高志 |
校正者 | 御巫呈一 |
公開 / 更新 | 2025-06-14 / 2025-06-13 |
長さの目安 | 約 17 ページ(500字/頁で計算) |
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一
『鳥類や魚類は、卵生動物として知られて居るが、それには例外がある。例へばあの――金魚屋に賣つて居るメダカといふ小魚――一口にメダカと云つても、その種類は六百種からあつて、地球上到る處に分布して居るが――あの小魚には卵生のみならず、胎生のものもある。胎生のメダカは、或る特殊の交尾をした場合に限つて出來る。この事實は今から六七十年も前から、その研究者に依て認められて居たのである。
醫學史の研究者で、文學博士であり、又醫學博士であるA博士は、興味のある、而して奇怪な講演を續ける。
『既に卵生動物にして同時に胎生のものがある以上、胎生の動物にも亦、一定の方法に依て卵生せしめ得ない筈はないといふのが、本研究の動機であつた。それが單に學問上の興味だけでは無く、卵生も出來るとなれば人間に非常に便利なことが多い。例へば早産兒は中々うまく育てにくいが、卵生となれば月足らずで生れても、後から鷄の樣にゆる/\と温めて、慈愛のこもつた母の懷でよく育てることが出來るし、胎生となれば一般に分娩の苦痛が大きいのに反して、卵生となれば難産の如きは跡を絶つてしまふであらう。』
一九九九年の初夏の空は、心地よく晴れて、紺碧の空には、眞つ白な入道雲がむく/\と出て來ては、時々奇拔にその形をかへて居た。カーテンを洩れる光線で明るい室内には、溢れんばかり多數の聽衆が、熱心な顏を輝かしながら靜肅に聞いて居る。A博士の話はだん/\進んで行く。
『メダカの一種でマウス・ブリーデイング・フヰツシユといふのがあつて、それは卵を生むとすぐそれを自分の口の中に入れて、口の中で孵化させる。口の中で孵つた魚の赤ん坊は、母親の口の中で生活して居て、恰度カンガールの仔が、母親の腹のポケツトから出入して居るのと同じ樣に、澤山の赤ん坊が母の口から遊びに出て、恐ろしいものにでも逢へば大いそぎで、母の口に逃げ込む。又それと同一の趣向で、ねばねばした液で泡をこしらへて、その泡の球の中に卵を入れる一種もある。その卵も孵化後暫くの間は、前者の母の口と同樣に、泡の球の中に住み、球から出入して遊んで暮すさうである。こんな事實――それはメダカのみに例を取つたのであるが――も、非常に此の研究を促す動機となつたのであつた。
その研究の經路は之を省かなければならないが、特殊の注射を若干回施すことに依つて、姙娠後約二百五十日目に卵――人間の卵――として、人の子を生むことに海下博士が成功した。その卵は母の懷中なり、攝氏三十七度の孵卵器の中なりで、一定時間後にはじめて呱々の聲を上げる次第で、母をして毎回約三十日間宛、しかし腹の最も大きい、最も苦痛の多い、而して外見上風姿の美しくない時日から、解放した事丈からでもこの研究は人類に非常の幸福を齎したものである。況んや、難産に依る兒童の死亡を防いだり、殊に二た子や三つ子等の複姙の場合の子供に及ぼし…