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不良児
ふりょうじ
作品ID51223
著者葛西 善蔵
文字遣い旧字旧仮名
底本 「子をつれて」 岩波文庫、岩波書店
1952(昭和27)年10月5日
入力者川山隆
校正者門田裕志
公開 / 更新2011-05-30 / 2014-09-16
長さの目安約 83 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 一月末から一ヶ月半ほど、私は東京に出てゐた。こんなことは今度が初めてと云ふわけではないので、私はいつものやうにFは學校へは行つてゐることと思つてゐた。ところが半月ほど經つて出したお寺からの手紙には、Fは私が出た後全然學校を休んで、いくらすゝめても私が歸るまで學校へは行かないと云つて、困るから、私に早く歸るやうにと云つて來てゐた。またその後だつたが、東京の或る友人から、君の子供が鎌倉で憂欝病にかゝつてゐると云ふことだが、君は知つてゐるのか――と、どこからそんな噂が傳はつたものか、弟のところへ宛てて葉書で私に注意して呉れた。
 二月十六日に私は東京を發つて、疲れ切つた暗欝な氣分をいくらかでも換へたいつもりから、東北地方を汽車で一[#挿絵]りして來た。郷里の妻を訪ねて、Fが東京の中學へ入學出來たら郊外へでも世帶をもたうと云ふそんな下相談などして、二十三日に歸つて來て、その手紙や葉書を見たので、二十四日に弟の二階に居る文科受驗生の井出君を鎌倉にやつた。
「仕樣がない奴だ。兎に角Fをつれて來て下さい。云ふことを聽かなかつたらひつぱたいてもいゝから……」と私は井出君にいひつけてやつた。
 その晩寺に泊つた井出君は、Fは叱られるからどうしても厭だと云ふのを、淺草の活動寫眞を見せると云ふ約束で、東京まで引つ張り出しさへすればどうにかなるだらうと云ふのでつれ出したのだが、結局活動の見せ損で、Fに新橋から歸られ、井出君ひとりでぼんやり歸つて來た。で私はいよ/\腹を立てて翌日更に井出君を引返してやつたが、心元なく思はれたので、夕方勤め先から歸つて來た弟に、「井出君ではやはり駄目らしいから、お前行つてつれて來て呉れないか。剛情で仕樣がない奴だ。何もかも分つてゐて、あゝ横着を極め込んでるんだから、癖になるから……」と、急き立てゝ出してやつた。間もなくやつぱし井出君ひとりで「どうしても厭だと云つて何と云つても聽かないもんですから……」と云つて歸つて來た。それから日が暮れてFは食事や一切の世話をして呉れてるS屋の娘――と云つても二十三になるおせいといつしよに、怯けた顏してやつて來た。行違ひになつた弟は遲く終列車で歸つて來た。
 そんな譯で、Fはかなりひどく叱られねばならなかつた。翌日は雪が降つて、私は熱があつて床の中へ這入つてゐたが、貴樣のやうな人間は小僧にでもなつちまへ!」と[#「!」と」はママ]云つて、新聞の廣告を見て、井出君に外へつれ出させようとまで思つたが、弟夫婦や昨年の暮から出て來てゐる老父に取做されて思ひ止つた。尤も小僧と云ふのは言葉だけの威嚇なんだが。
 その日の午後Fは井出君といつしよに寺に歸つた。井出君は晝間は自分の勉強をし、晩はFの遲れた學課を見て呉れることになつた。
 それからも私は東京に引かゝつてゐて――金の都合が出來なかつたので――三月十四日に、一ヶ月半ぶりで…

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