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悪魔の弟子
あくまのでし
作品ID51270
著者浜尾 四郎
文字遣い新字新仮名
底本 「日本探偵小説全集5 浜尾四郎集」 創元推理文庫、東京創元社
1985(昭和60)年3月29日
初出「新青年」1929(昭和4)年7月
入力者川山隆
校正者門田裕志
公開 / 更新2012-07-17 / 2014-09-16
長さの目安約 52 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 ××地方裁判所検事土田八郎殿。
 一未決囚徒たる私、即ち島浦英三は、其の旧友にして嘗ては兄弟より親しかりし土田検事殿に、此の手紙を送ります。
 検事殿、あなたは私を無論思い出して居らるる事でしょうね。仮令他の検事によって取り調べられ、次で予審判事の手に移されてしまった私であっても、あの、世間を騒がした美人殺しの犯人として伝えられ、新聞紙上に其の名を謳われたに違いない以上、同じ裁判所に居るあなたが、今度の事件に就て私の名を見ない筈はなく、又聞かない筈もありません。
 若しあなたが私に会ってくれたなら、恐らく此の手紙をあなたに書く必要はなかったかも知れません。私は私の旧友が、今私の収容されて居る刑務所が属して居る裁判所に居る事を、もっと早く思い出したなら、或いはこんなに永く苦しまなくてもよかったかも知れないのです。そうして恐らく私は、ここに書こうとする恐ろしい奇怪な経験を、もっともっと早く述べる事が出来たに違いないのです。
 土田検事殿、私は殺人犯人としてここに収容されて居ます。然し多分私は実は其の犯人ではありません。そうです。多分です。私は斯う云わなければならないのを悲しみます。
 私は斯ういう不思議な言い現わし方をしなければならぬのを遺憾とします。然しこの手紙を終まで読んで下されば、必ず私のいう意味を了解されるでしょう。
 私が之から述べようとする恐ろしい事柄は、あなたにまんざら関係なくはないのです。否、あなたこそ私をかくも苦しめた人という事すら出来るのです。そうして又、あなたでなければ私の苦しい気持は、わかってくれないに違いありません。だから私は一方にはあなたを恨みます。呪います。然し同時に私はあなたに嘆願します。すがります。あの何にも比するもののない程濃かだった友情の名に於て、あなたはどうか私の云う事を信じて下さい。



 土田さん、斯う呼ばして下さい。こう呼んでもいい筈です。
 土田さん、暫く検事という恐ろしい職業意識を離れて、十数年前の過去を回想して下さい。われわれの学生時代を、中学を出て次の難関を突破した頃のあの涙ぐましい感激の時代、寮生生活の時代を回想して下さい。
 われわれは親友でした。或いは親友以上のものだったではありませんか。あなたのいる所必ず私の姿を見、私の行く処には必ずあなたの姿が見られた仲だったではありませんか。寮生は私等二人をパール(一対)とすら名付けていたのです。
 あなたは私より三つ上の兄さんです。其の兄さんが弟を求めたのです。若かった私は、いや寧ろ幼かったと謂っていい私は、あなたの強い性格に圧せられて、まもなくあなたの無二の弟となったのです。この事は、よもやお忘れではありますまい。
 私は淋しい私を、ほんとうに理解してくれる人がいたと思いました。その上あなたは私を愛してくれました。私はただ一人あなたを兄とも恋人とも…

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