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ラハイナまで来た理由
ラハイナまできたりゆう
作品ID51367
著者片岡 義男
文字遣い新字新仮名
底本 「コヨーテ No.4」 スイッチパブリッシング
2005(平成17)年2月10日
「ラハイナまで来た理由」 同文書院
2000(平成12)年3月4日
入力者八巻美恵
校正者野口英司
公開 / 更新2010-03-20 / 2014-09-21
長さの目安約 253 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

ラハイナまで来た理由


 カアナパリまでの飛行機はどれも満席だった。いったんどこかほかの島へいき、そこからカアナパリへの飛行機を見つけるというアイディアを、僕はこれまで何度も試みた。一度も失敗したことがない。しかし今日はカフルイまで飛ぶことにした。すでに搭乗の始まっている便に空席があった。
 マウイに向けて海の上を飛びながら、カアナパリの近くの砂糖きび畑にセスナで不時着したときのことを、僕は久しぶりに思い出した。思いっきり重い曇天に抑え込まれたようなホノルル空港の端っこから離陸し、セスナにふさわしい高度で海を越えていった。二十五歳の誕生日だった。
 パイロットのほかに乗客は僕を含めて三人だった。日本から赴任して五年になるという、本願寺の僧侶。口数の少ない黒人のビジネスマン。そしていまより十歳だけ若い僕。マウイの西側はすさまじい雨だった。風がその雨と競い合っていた。視界を得ることが出来る低空を飛ぶのはきわめて危険だなどと言いながら、パイロットはその低空を飛んだ。
 雨は水平に飛んで来て機体を叩く、分厚い水の層だった。機体にぶつかれば音がするし、窓ガラスの外で炸裂するように散っていく様子は、具体的に観察することが出来た。しかし風は見えない。深い灰色でふさがれて遠近感を失った空は、そのまま海とひとつに溶け合っていた。
 空にくらべると、海はくすんだ青い色への傾きを持っていた。空と海にはさまれた空間に、目的なしにただ強靭に吹きまくる数百種類の風が、複雑にからみ合っていた。風と風とのあいだのわずかな隙間を、セスナは飛ぶというよりも飛ばされていった。
 パイロットは果敢にも空港への着陸を試みた。しかし、試みは一度だけで放棄した。セスナはハイウエイのすぐ上を、横飛びに流された。黄色いピックアップ・トラックが一台、いっさいなにごともないかのように、地表の雨と風のなかを走っていた。運転席のドライヴァーが聞いているはずのラジオの番組が、ほんの一瞬僕たちの耳にも届いた、と錯覚しても許されるほどの至近距離だった。
「山裾にぶつかる前に、ケインに引きとめてもらうからね」
 パイロットが大声で僕たちに行った。ケインとはシュガー・ケインのことだ、と思うまもなく、セスナは砂糖きび畑に林立するケインに機体の腹をこすり始めた。機体はケインのなかに埋まった。ケインの長い緑色の葉が、何重にも重なって窓の外を走った。何本もの砂糖きびに支えられて、セスナは滑走した。右前に向けて大きく傾きつつ、セスナは停止した。
「レスキューが来るまでこのまま機体のなかにいてもいいのだけど、ケインが四、五本も折れると機体は頭からひっくり返るかもしれない。だからみんな外へ出よう」
 バーベキューでも提案するかのような気楽な口調で、パイロットは僕たちを振り返って言った。ドアを開くのが大変だった。人の背丈の二倍ほどにのびた…

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