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ゆき
作品ID51371
著者津村 信夫
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本の名随筆51 雪」 作品社
1987(昭和62)年1月25日
入力者向山きよみ
校正者noriko saito
公開 / 更新2010-08-08 / 2014-09-21
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)

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本文より


 信州はお隣りの越後の国にくらべると、あまり雪の多いところではありません。それでゐて、寒いことは、たいへんさむいのです。
 雪がすくないといつても、もちろん平地よりはずつとたくさん降りますし、同じ信州でも、飯山などといふ越後にちかいところや、一茶の住んでゐた柏原や、又戸隠地方のやうな山地にゆくと、ずゐぶん、どつさり積るのです。
 善光寺平の雪は、精々一尺くらゐ積れば多い方ですが、そのかはり、一度積つた雪はもう中々とけないのです。さうして、その上に、そのうへにと新らしい雪が降るのです。道の上などは、堅くかたく、まるで氷でも張つたやうになるのです。これを根雪といひますよ。
 堅い雪は又時々悪さをするものです。この間も、私の知り合ひのある老婆が、夕方買物に出かけて、道をあるいてゐると、この氷のやうな雪の上で、つい足をすべらせてしまひました。さうして老婆は腰のあたりを、ひどくうつたのです。
「あゝ、ほんとに魂消えやした、雪も、どうして馬鹿にならない」
 この勝気なおばあさんは、さういつて、こぼしてゐましたが、まる一月くらゐは動けなかつたといふことです。
 年寄だけではありません、若いものでも時々しくじることがあるのです。一と冬の間には、かならず、何人かの人がころんだりして、ひどい怪我をするのです。
 あなた方は、雪崩といふものを知つてゐますか。山地にゆくと、雪崩といふ恐ろしいものがあるのですよ。山の崖になつたやうなところに、高く積つた雪が、一度にどつと押しながされてくることです。雪崩は人の家を埋め、人をも生き埋めにしたり、押しつぶしたりするものですが、町中にゐても、雪といふものは中々こはいものですね。
 自然の中に暮してゐる人々は、自然のお蔭で、色々の楽しみを持つことも出来ますが、又はげしい自然と、一と冬の間、こんなふうに戦はねばならないのです。

 しかしながら、雪といへば、こんな便利なこともありました。
 私が長野の町の小さな病院で、熱のある患者の看病をしてゐる時でした。東京へんだと熱のある場合、病人の頭や胴をひやすには、きまつて、氷をつかひますね、ところが、信州では氷の袋はつかひますが、中に入れるのは、氷ではなくて、雪なのです。あの堅いかたい雪なのです。
 一々氷屋をよばなくとも、冬であれば病院の庭にでも、どこの空地にでも、雪のないことは珍らしいからです。
 小さな病院の庭が、この雪を掘る人々で、にぎはふ光景を、私も日にいくどか眺めました。



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