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大ヴォローヂャと小ヴォローヂャ
だいヴォローヂャとしょうヴォローヂャ
作品ID51389
原題ВОЛОДЯ БОЛЬШОЙ И ВОЛОДЯ МАЛЕНЬКИЙ
著者チェーホフ アントン
翻訳者神西 清
文字遣い新字新仮名
底本 「カシタンカ・ねむい 他七篇」 岩波文庫、岩波書店
2008(平成20)年5月16日
入力者米田
校正者noriko saito
公開 / 更新2011-02-07 / 2014-09-21
長さの目安約 26 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

「ね、馭者をやって見てもいいでしょう。私、馭者のとこへ行くわ!」とソフィヤ・リヴォヴナが声高に言った、「馭者さん、待ってよ。私、あんたの隣へ行くから。」
 彼女が橇の中で起ちあがると、夫のヴラヂーミル・ニキートイチと、幼な友だちのヴラヂーミル・ミハイルイチとは、倒れぬように彼女の腕を支えた。トロイカは疾走している。
「だから、コニャックを飲ませてはいけないと言ったじゃないか」とヴラヂーミル・ニキートイチが連れの耳に忌々し気にささやいた、「本当に君は何という男だ!」
 大佐はこれまでの経験で、自分の妻のソフィヤ・リヴォヴナのような女が、少し酔い加減ではしゃぎ廻った挙句は、きっとヒステリックに笑い出し、それから泣き出すものなことを知っていた。家へ帰っても寝るどころか、湿布だ水薬だと騒がなければなるまいと、心配であった。
「ブルルル!」ソフィヤ・リヴォヴナが叫んだ、「馭者をやるんだってば!」
 彼女はとても陽気で、勝ち誇ったような気持だった。結婚の日からかぞえてここ二ヵ月のあいだと言うもの、自分がヤアギチ大佐と結婚したのはつまり打算からであり、また世間で言う自棄半分なのだったという考えに、絶えず悩み通した。それが、やっと今日になって、郊外の料理店にいたとき、やはり自分は夫を熱愛しているのだと悟ったのであった。夫は、五十四という年齢に似合わぬ調和のとれた、器用な柔和な男で、気の利いた洒落も飛ばせば、ジプシイの唄に合わせて口吟んだりもした。実際この頃では、老人の方が若者より千倍も快活で、まるで老人と若者が持役の取り替えっこでもしたようである。大佐は彼女の父親より二つも年上なのだが、それでいてまだ二十三の彼女よりもずっと精力旺盛であり、生き生きと元気がある以上、何の文句もない筈ではないか。
『ああ、私の夫はとても素敵だわ!』と彼女は思った。
 レストランで彼女は、以前の感情はもはや閃きすらも残っていないことを悟った。幼な友だちのヴラヂーミル・ミハイルイチ(つづめてヴォローヂャと呼んでいたが)には、つい昨日まで半狂乱の態で、報いられぬ思慕を捧げていたのに、今ではすっかり何の気もなくなってしまった。今晩の彼は不活溌で睡たげで、何の興味もないつまらぬ人間に思われたし、いつもの事ながら、料理の勘定になると知らん顔で冷然と構えている態度が、今夜という今夜こそ彼女にとって、ひどく腹立たしかった。「お金がないなら、家に坐っていらっしゃいよ」と、そう言ってやりたいほどだった。勘定は大佐が一人でした。
 樹立や電柱や斑ら雪が、絶えず彼女の眼をかすめ過ぎるせいか、ひどく取り留めのない考えが後から後から浮かんで来た。彼女は思った――レストランでは百二十ルーブル払った。ジプシイに百ルーブルやった。明日になって、もし気が向けば、千ルーブルのお札を風に飛ばすことだって出来る。それが、つい二た月前ま…

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