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女房ども
にょうぼうども
作品ID51423
原題БАБЫ
著者チェーホフ アントン
翻訳者神西 清
文字遣い新字新仮名
底本 「チェーホフ全集 8」 中央公論社
1960(昭和35)年2月15日
入力者米田
校正者阿部哲也
公開 / 更新2010-10-10 / 2014-09-21
長さの目安約 29 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 ライブージ村の教会の真向うに、石を土台にした鉄板葺きの二階家がある。階下には、ヂューヂャというのが通り名の、この家の主人フィリップ・イ[#挿絵]ーノフ・カーシンが家族と一緒に住んでいる。二階は、夏はひどく暑くて冬はひどく寒いが、旅の官吏や商人や地主達が来て泊る。ヂューヂャは土地を貸したり、街道の小料理屋を経営したり、タールや蜂蜜から、家畜、鵲まで商って、もう千八百ほど蓄め込んだ。それは町の銀行に預けてある。
 長男のフョードルは工場の技師長をしている。百姓たちの言草によると、えらく出世をしたもので、今じゃ手も届かない。フョードルの妻のソフィヤは、器量のわるい病身な女で、舅の家に住んでいる。いつも泣いてばかりいて、日曜ごとに病院へ療治をして貰いに行く。ヂューヂャの二番目の息子は傴僂のアリョーシカで、親父の家に暮らしている。つい此の間、或る貧乏な家から[#挿絵]ル[#挿絵]ーラという嫁を貰った。これは若い器量好しで、健康でお洒落が好きである。役人や商人達が泊まるとき、お声掛りでサモ[#挿絵]ルを出したり床を敷いたりするのは、いつもこの[#挿絵]ル[#挿絵]ーラである。
 ある六月の夕方、日が沈みかけて、空気には乾草や、まだ湯気の立つ家畜の糞や、搾り立ての牛乳の匂いがする頃、ヂューヂャの家の庭先に質素な馬車がはいって来た。三人の男がそれに乗っている。ズックの服を着た三十がらみの男。それと並んで、大きな骨ボタンの附いた黒い長上衣を着た十七ほどの少年。馭者台には、赤シャツを着た若者が坐っている。
 若者は馬をはずすと、往還へ連れ出して運動をさせた。旅人は手を洗って、教会の方を向いて祈祷を上げてから、馬車の傍に膝掛を拡げて、少年と一緒に夕食をはじめた。落着いた、物静かな食べぶりである。一生のあいだに沢山の旅人を見て来たヂューヂャには、その道の人間らしい流儀で、これは真面目な、そして己れの値打をよく知っている人だなと頷かれた。
 ヂューヂャは帽子も被らぬチョッキ一枚の姿で、昇り段に腰を下ろして、旅人が話しかけるのを待っていた。彼は、睡気のさすまでの宵のつれづれに、旅人が色々な話しをするのに慣れていたし、またそれを楽しみにしていた。婆さんのアファナーシエヴナと嫁のソフィヤは、牛部屋で乳を搾っていた。もう一人の嫁の[#挿絵]ル[#挿絵]ーラは、開けはなした二階の窓際で、向日葵の種子を齧っていた。
「その子供さんは、つまりあんたの息子さんですね?」と、ヂューヂャが旅人にきいた。
「いいや、養子です。みなし児でして。後生のため引取ってやりました。」
 話がはじまった。旅人は話好きで、なかなかの能弁だった。話して行くうちにヂューヂャは、これは町から来た町人階級の男で、家作持でマトヴェイ・サヴィチという名だということを知った。また、これからドイツ移住民の或る男に貸してある庭を見に行…

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