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ひとつの道
ひとつのみち |
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作品ID | 51451 |
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著者 | 草野 天平 Ⓦ |
文字遣い | 新字旧仮名 |
底本 |
「定本 草野天平全詩集」 彌生書房 1969(昭和44)年4月25日 |
入力者 | 大久保ゆう |
校正者 | Juki |
公開 / 更新 | 2010-10-27 / 2014-09-21 |
長さの目安 | 約 9 ページ(500字/頁で計算) |
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自序
自分は自分の道を一歩一歩行つたつもりでありました
しかし或る時は立ち止り或る時は振り返つて逆に二三歩あるいて仕舞つたことがあります
二つのうち一つを断ち切つて喋らずに進むことの出来なかつた者であります
しかしこれで精一杯でもありました
赦してもらひたく思ひますが、誰に向つて言ふのか
結局自分自身そして為すことに言ふより仕方ありません
[#改ページ]
岡の上で
悪魔悪魔とののしる声が表にする
レオナルド ダ ヴインチは薄暗い奥の仕事場で
ぢつとこの声をきいてゐた
そしてさつきノートに書きつけたばかりの文字を
ただぼんやり見下してゐた
根本動力よ
恐るべき汝の公平さよ――
待つて下さい
そこで読むのを待つて下さい
日は沈み
岡の上はうすら寒くなつてくる
私は静かに顔を上げ
西の空の夕映が薄れてゆくのを
悲しく眺めた
[#改ページ]
レオナルドの最後の晩餐
何処か知らない遠いところを思ひ
ただそつと坐つてゐるキリスト
来るものは来る
形のあるものは無くなる
善も悪もない
何処か知らない遠いところを思ひ
ただそつと坐つてゐるキリスト
[#改ページ]
無着菩薩像
手に粗末な器を一つ持ち
米を欲しいでもなく
欲しくないでもなく
ぼうつと広く
そして優しく一つところを見て
この地の上に
黙つて立つてゐる
[#改ページ]
秋
さうか
これが秋なのか
だれもゐない寺の庭に
銀杏の葉は散つてゐる
[#改ページ]
夕暮
落葉の沈んでゐる池を見てゐたらば
泡が一つ浮いてきて
消えていつた
[#改ページ]
雪の朝
水たまり
松の雪が映つてゐる
ぽとんと雫がおちて
また
松の雪が映つてゐる
[#改ページ]
妻の柩
白紗のたびに脚絆をつけて
それに菅の笠を持ち
本当によく似合ふ
葬儀屋さんのいふ通り
十万億土の旅へ出るやうだ
音もしない
遥かな遥かなきれいな途
枯れた萱のやうな杖をついて
ほそぼそと一と足一と足のぼつてゆく
著物や持物は汚くて重たいから
この儘そつとしてやりませう
[#改ページ]
妻の死
糸巻の糸は切るところで切り
光つた針が
並んで針刺に刺してある
そばに
小さなにつぽんの鋏が
そつとねせてあつた
妻の針箱をあげて見たとき
涙がながれた
[#改ページ]
武蔵野を歩いて
路は続いてゐる
私は歩いてゐる
小橋の上へとまり
ぽとんと石をおとす
そしてまた歩きはじめる
木蓮の下を通れば
にほひがして
遠くに雲は浮いてゐる
路は続いてゐる
[#改ページ]
武蔵野の夕暮
くぬぎの林に
熊手がおいてある
だれも取りにこない
くぬぎの影はうすれ
陽は暮れてゆく
陽は暮れてゆく
[#改ページ]
幼い日の思ひ出
竜のひげの茂みのなかは静かで
藍の実はひつそりとしてをりました
五つ六つ掌にのせて
えんがはで遊…