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青い草
あおいくさ
作品ID51495
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 13」 講談社
1977(昭和52)年11月10日
初出「教育行童話研究」1938(昭和13)年4月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者酒井裕二
公開 / 更新2017-04-18 / 2017-03-30
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 小さな姉弟は、父の目が、だんだん見えなくなるのを心配しました。
「お父さん、あのカレンダーの字が、わからないの?」と、壁の方を指していったのは、もう前のことであります。お父さんが、会社をやめてから、家の内にも夜がきたように暗くなったのです。
「私の故郷へ帰りましょう。田舎は、都会とちがって、困るといっても、田はあるし、畑があるし、まだゆとりがあります。いけば、どうにかならないこともありますまいから。」と、子供の母親がいいました。
「お母さん、田舎へ帰るの。」と、姉のとし子は、お母さんの体へすがりながらききました。
「ええ、帰りましょうね、そうするよりしかたがないんですもの。」
 お母さんは、みんなの気持ちを励ますつもりで、いいましたが、また、すぐに涙ぐんでしまいました。
「おれに故郷があるとなあ。」と、父親は、瞳が白くなって、生気を失った目で、あたりを見まわしながら、答えました。お父さんには、もう、両親もなければ、また帰るべき家もなかったのでした。
「どちらの田舎へ帰っても、同じでありませんか? 私の兄はあのとおりしんせつな人ですし、まだ母も生きていますし。」と、お母さんはいいました。
「そうすれば、僕、田舎の学校へ上がるの。」と、義坊が、ききました。
「おまえも田舎の子になるのよ。山へいったり、野原をかけまわったりして、きっとじょうぶになりますよ。とし子は、もうあと二年ですから、卒業したらお裁縫でも習えばいいと思います。」
 父親はだまって考えていたが、
「できるなら、子供たちをこのまま、こちらで勉強さしてやりたいものだな。」といいました。
「あなた、それができるようなら、これに越したことがありませんけれど、そのお体でこの先どうしてやっていけますか?」
 母親は、自分になんの力もないのを、面目なく思ったのです。
「なに、私にだってすこし考えがある。」
 父親はさびしく笑いながら、二人の子供のいる方を向いて、
「おまえたちは、お母さんの田舎へ帰ったほうがいいか、それとも、こちらで、いくら不自由をしても暮らしたほうがいいか、どちらがいいかな?」とききました。
 もうまったくの子供ではなく、いくらかもののわかるとし子は、この際いかに負けぬ気であっても、それはむだなことと思いました。それよりか、お母さんのおっしゃるように田舎へ帰って、自分はどんな手助けでもするから、一家のものが、無事に暮らしていけることを願ったのでした。
「私はお母さんの田舎へいったほうがいいと思うわ。」と、とし子は、答えました。
「僕は、賢ちゃんや、正ちゃんと別れるのはいやだから、こっちにいるほうがいい。」
 今年から、小学校へ上がったばかりの義坊がいいました。
 父親は、手さぐりで義坊の頭に手を置いて、
「義坊や、おまえと二人でこちらにいようか。」
「お父さんと、お母さんと、別れるのはいやよ…

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