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青葉の下
あおばのした
作品ID51497
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 12」 講談社
1977(昭和52)年10月10日
初出「せうがく三年生」1938(昭和13)年5月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者酒井裕二
公開 / 更新2016-10-13 / 2024-03-07
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)

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本文より


 峠の上に、大きな桜の木がありました。春になると花がさいて、とおくから見るとかすみのかかったようです。その下に、小さなかけ茶屋があって、人のいいおばあさんが、ひとり店先にすわって、わらじや、お菓子や、みかんなどを売っていました。
 荷を負って、峠を越す村人は、よくここのこしかけに休んで、お茶をのんだりたばこをすったりしていました。
 賢吉と、とし子と、正二は、いきをせいて、学校からかえりに坂を登ってくると
「おばあさん、水を一ぱいおくれ。」といって、飛びこむのでした。
「おお、あつかったろう。さあ、いまくんできたばかりだから、たんとのむがいい。」と、おばあさんは、コップを出してくれました。おばあさんは、峠の下から、二つのおけに清水をくんで、天びんぼうでかついで上げたところでした。
 ところが、自動車が、こんどあちらの村まで通ることになって、道がひろがるのでありました。それで、桜の木をきろうという話が起こったのです。それに、はんたいしたのは、もとよりおばあさんでした。つぎには、この茶屋に休んで、花をながめたり、涼んだりした村の人たちです。それから、賢吉や、とし子や、正二などの子供たちでした。
「あの桜の木をきっては、かわいそうだ。春になっても、花が見られないし、夏になっても、せみがとれないものなあ!」と、たがいに話し合いました。子供たちの不平が耳に入ると、親たちも、いつかきることに、はんたいしました。それで村の人々が桜の木を道のそばへうつすことになったのです。おおぜいの力ですると、どんなことでもされるものです。大きな桜の木は、じゃまにならぬところへうつされて、おばあさんの茶店は、やはりその木の下にたてられました。
「おばあさん、今年は、花がさかないのう。」
「そうとも、人間でいえば、大病人だぞ。かれなければいいが。」と、おばあさんは、しんぱいしました。天気がつづくと、おばあさんは、下から水をくみ上げて、根もとへかけてやりました。
「おばあさん、僕がくんできてやるから。」
 ある日、学校の帰りに賢吉は、すぐはだしになって、バケツを下げて、峠をかけ下りました。それから、とし子も、正二も、村の子供たちは、学校の帰りに、水をくんで、桜の木の根にかけてやるのを日課としたのです。どうでしょう。木は、ふたたび昔の元気をとりもどしました。いま、大きな枝には青葉がふさふさとして、銀色にかがやいています。
「みんなのおかげでな、この木も助かったぞ。」と、おばあさんは、こしかけている村の子供たちの顔をながめて、さも、うれしそうでありました。



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