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ある夏の日のこと
あるなつのひのこと
作品ID51502
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 13」 講談社
1977(昭和52)年11月10日
初出「女子青年 24巻8号」1941(昭和16)年8月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者酒井裕二
公開 / 更新2017-07-16 / 2017-07-17
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 姉さんは、庭前のつつじの枝に、はちの巣を見つけました。
「まあ、こんなところへ巣を造って、あぶないから落としてしまおうか。」と、ほうきを持った手を抑えてためらいましたが、
「さわらなければ、なんにもしないでしょう。」
 せっかく造りかけた巣をこわすのもかわいそうだと考え直して、しばらく立ち止まって、一ぴきの親ばちが、わき見もせず、熱心に小さな口で、だんだんと大きくしようと、固めていくのをながめていました。そのうちに、はちはどこへか飛び去りました。なにか材料を探しにいったのでしょう、しばらくすると、またもどってきました。そして、同じようなことをうまずに繰り返していました。
「このはち一ぴきだけだろうか。」
 彼女は、同じ一ぴきのはちが、往ったり返ったりして、働いているのしか見なかったからです。
「勇ちゃんに、だまっていよう。」
 見つけたら、きっと巣を取るであろうと思いました。
 姉さんは、すわって、仕事をしながら、ときどき思い出したように、日の当たる庭前を見ました。葉の黒ずんだざくろの木に、真っ赤な花が、点々と火のともるように咲いていました。そして、水盤の水に浮いたすいれんの葉に、はちが下りて止まっているのを見ました。
「あのはちは、さっきのはちかしらん。」
 目をはなさずに見ていると、はちは、しばらくたって、つつじの枝の方へ飛んでいきました。
「やはりそうだわ。水を飲みにきたんでしょう。」
 翌朝、庭をそうじするときに、姉さんは、はちがどうしているだろうとわざわざつつじの木のところへいって、巣をのぞいてみました。そこには、昨日の親ばちが、やはり一ぴきで、いっしょうけんめいに巣を大きくしようとしていました。彼女は、はじめてそのとき、一ぴきのはちの力で造られた巣に注意を向けたのです。
 なんと並々ならぬ心遣いと、努力が、その巣に傾けられていることか。たとえば、雨風に吹かれても容易に折れそうもない、じょうぶな枝が選ばれていました。また、巣のつけ根は、さわっても落ちないように、強そうに黒光りがしていました。小さなはちにどうして、こんな智慧があるかと不思議に思われたほどでした。
「そうだ、これを弟に見せてやろう。そして、りこうなはちが、どうして巣を造り、また子供を育てるのに苦心するかを教えてやろう。そうすれば弟は、ここに巣のあることを知っても、けっして落とすことはあるまい。」と、考えたのでした。午後になって勇ちゃんは、学校から帰ると、庭に出て、一人で遊んでいました。
「勇ちゃん、はちの巣があってよ。」
 彼女は、弟の顔を見ました。
「ああ、知っている。」
「え、知っているの。」
 弟が、どうして、それを落とさなかったろうと疑われました。
「姉さん、つつじの木だろう。お母さんばちがひとりで巣を造っているのだよ。」
「ええ、そうなの。」
「このあいだから見ると、だいぶ…

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