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一銭銅貨
いっせんどうか
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 13」 講談社
1977(昭和52)年11月10日
初出「週刊朝日 23巻17号」1933(昭和8)年4月2日
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者酒井裕二
公開 / 更新2018-10-02 / 2018-09-28
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 英ちゃんは、お姉さんから、お古の財布をもらいました。そして、お母さんから、小遣いをいただくと、その中にいれておきましたが、じきに、つかってしまうので、その財布の中は、いつもからっぽでありました。
 ある日、英ちゃんが、その財布を、ばたばたやっていると、お姉さんがごらんになって、
「英ちゃんの、財布の中は、いつもからっぽなのね。」と、笑いながらおっしゃいました。
「からっぽなもんか、そら、ごらんよ。はいっているだろう。」と、英ちゃんは、お金をつまんで見せました。
「たった、一銭きりしかないの?」
「姉さんは、この銅貨が、いつできたと思ってるの。そりゃ、古いんだから。」
「そうね、大きいから、大正か、明治にちがいないわ。」
「明治九年なんだぜ。まだ、うちのお父さんもお母さんも、生まれない前のだよ。その時分から、日本じゅうをぐるぐるまわっていたんだ。そう思って、僕、大事にしているのさ。」と、英ちゃんは、いまのから見ると、大形な、そして、手ずれのした、一銭銅貨を裏表を返しながら、さもなつかしそうにながめていました。
「まあ、そんなに、古いの。」と、お姉さんも、手にとって、ながめました。
「いろいろの人の手に渡ってきたんだね。」
「それは、そうよ。英ちゃんは、どんな人の手に、このおあしが渡ってきたと思うの。」
「大人や、子供や、金持ちや、貧乏人……。」
「もっと、いってごらんなさい。」
「船にも乗ったろうし、汽車にも乗ったろうし、新聞売りの手にも渡ったろうし、バッチンの穴の中へも入ったろうし、紙芝居のおじさんの手にも、そのほか考えたら、まだいろいろあるだろう。」
「だけど、海や、河の中に沈んだり、火の中へはいって、焼けてしまったら、もうこうして、このお金はなかったんですよ。」と、お姉さんは、おっしゃいました。それに、ちがいないと、英ちゃんは、思ったが、
「畳の間や、火鉢の灰の中に、落ちたことはあったかもしれないよ。」といいました。
「英ちゃんは、このお金をつかわないつもり。」と、姉さんは、おききになりました。
「僕、大事にして、しまっておくのだ。」
 英ちゃんは、財布をばたばたやりながら、あちらへいってしまいました。
 その晩、英ちゃんは、財布をまくらもとに置いて、寝たら、夢を見ました。
「坊ちゃん、私たちも、人間と同じように、一代のうちに、悲しいこともあれば、うれしいこともあります。大事に取り扱われればうれしいし、粗末にとりあつかわれればいい気持ちはいたしません。ひとつ身にしみて、忘れられないお話をいたしましょうか。」と、一銭銅貨が、いいました。
「ああ、きかして、おくれ。」と、英ちゃんは、答えました。
 まだ、早い春の寒い夜のことでありました。その晩も、だんだんふけて、もう街は戸をしめて、電車に乗っている人も少なかったのです。
 ゴウ、ガタン、ゴウ、ガタンといっ…

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