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うずめられた鏡
うずめられたかがみ
作品ID51506
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 14」 講談社
1977(昭和52)年12月10日
初出「女学生の友」1953(昭和28)年8月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者酒井裕二
公開 / 更新2018-10-02 / 2018-09-28
長さの目安約 13 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 後になってから、烏帽子岳という名がついたけれど、むかしは、ただ三角形の山としか、知られていませんでした。山がはじめて、地上に生まれたとき、あたりは、荒涼として、なにも、目にとまるものがなかったのです。
 そのとき、はるか北の方に、紫色の光る海が見えました。
「あれは、なんだろう。」と、山は思いました。この大自然について、なにも知らなかった山は、日が出て、やがて日の暮れるまでの間に、いくたびとなく、かわる海の色を見て、ふしぎに感じたのです。しかし、からだのうごかされぬ山は、ただ、いろいろと、自然を空想するばかりでした。
「どうすれば、あすこに、いくことができるだろうか。」
 そのとき山は、大きな風がふいて、自分をうごかしてくれはせぬかと思いました。しかし、かつてそんなような、大きな風のふいたことがありません。こうして、ひとりぼっちでいる山は、そのころ、海だけが、なんだか自分と運命を一つにするような気がして、どうか、おたがいに、知り合いに、なりたいとねがいました。
 大空をあおげば、星が毎夜のごとく笑ったり、目で話をしたりしますけれど、山はもっと身近に、友だちを持ちたかったのでした。
 ある日、海の色が、とりわけ、きれいにさえて見えたのです。山は、なにか海が、自分にあいずをするのだと思いました。だから、自分もわらって答えました。そして、その日から、二人はいくらか、知り合いになったという感じがしました。
 なにごとによらず、こうありたいと、熱心に仕事をすれば、いつか、かならず成功するものです。人間が遠くから、たがいに話ができるようになったのも、電気を発明したからで、やはり自然の大きな力を、知ったからであります。
 谷からわき上がる雲が、自由にうごけるところから、山は雲を使いにたてることを、考えつきました。そして、あるときは、山から海へ、また、あるときは、海から山へと、雲は往来したのでした。
 海の上では、波があって、波はなぎさへおしよせて、岩にくだけ、しぶきは玉のごとくとびちり、遠い水平線は、縹渺として、けむるようにかすみ、白い鳥が、砂浜で群れをなしてあそんでいるのを、雲は山へかえると、おもしろく話しました。
 また山では、おいしげる木々に、あらしがおそうと、はげしく枝と枝をもみあい、そして、頂上から落下する滝が、さながら雷のとどろくように、あたりへこだまするものすごい光景を、雲は海へいって聞かせることもありました。
 こうして、白い雲は、南方の高い山から、うごきはじめて、北の海のほうへ流れていたのであるが、途中、ゆらゆらと平野をいったとき、そこここに、百姓のすむわらぶきやがあったり、畑をたがやす男女や、馬や、牛や、犬などの姿が、ちらちらと見えました。
 こんもり木立のしげるところに、丹塗りの社があって、その前に、人がひざまずいて、よく祈願をこめていました。ちょ…

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