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海が呼んだ話
うみがよんだはなし
作品ID51507
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 12」 講談社
1977(昭和52)年10月10日
初出「日本の子供」1939(昭和14)年7月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者酒井裕二
公開 / 更新2016-07-18 / 2016-06-10
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 自転車屋のおじさんが、こんど田舎へ帰ることになりました。清吉や、正二にとって、親しみの深いおじさんだったのです。三輪車の修繕もしてもらえば、ゴムまりのパンクしたのを直してもくれました。また、その家の勇ちゃんとはお友だちでもありました。おじさんは、犬や、ねこが好きでした。いい人というものは、みんな生き物をかわいがるとみえます。
 勇ちゃんは、こんど田舎の小学校へ上がるといいました。
「勇ちゃん、田舎へいくのうれしい?」
「お友だちがなくて、さびしいや。僕も、お母さんも、いきたくないんだよ。」
「どうして、田舎へいくの。」
「おじいさんが、だんだん年をとって、もう一人で田舎におくことができないからさ。おじいさんは、東京へくるのは、いやだというのだ。そして、昔から住んでいるところにいたいというので、しかたなくお父さんが、帰ることにしたのだよ。」
 勇ちゃんの話を聞いて、清吉も、正二も、勇ちゃんのお父さんを親孝行だと思いました。
「この家へは、親類の叔父さんが入るのだから、僕、また遊びにくるよ。」と、勇ちゃんはいいました。
「叔父さんのお家は、どこにあるの。」と、正二が、聞きました。
「叔父さんの家は、ここから二十里もあちらの浜なんだ。たいだの、さばだの網にかかってくるって、僕のお父さんが、いった。」
「その叔父さんは、また自転車屋をやるの。」と、清吉がたずねました。
「さあ、それはわからないな。」
 勇ちゃんの話しぶりでも、遠い浜から、町へ出てくるには、なにか子細があるように感じられたのです。しかし、そのわけは、わかりませんでした。ただ、にぎやかな町から、さびしい田舎へ帰るものと、また、ひろびろとした海の生活から、せまくるしい町へやってこなければならぬものと、人間の一生の暮らしには、いろいろの変化があるものだと、子供たちにも、感ぜられたのでした。
 勇ちゃんの家が、田舎へ引っ越してしまってから、しばらく、自転車屋のあとは、空き家になっていました。
「いつ、勇ちゃんの叔父さんは、引っ越してくるんだろうな。」と、正二も、清吉も、閉まっている家の前を通るたびに、振り向きながら思いました。そのうちに大工が入って、店の模様を変えたり、こわれたところを直したりしていましたが、それができあがると、いつのまにかこざっぱりとした、乾物屋になりました。そして、チンドン屋などがまわって、開店の披露をしたのであります。
 海産物のほかに、お茶や卵を売っていました。おじさんというのは、まだ若く、やっと三十をこしたくらいに見えました。それにひとり者で、いつも店にさびしそうにすわっていました。
「おじさん。」といって、清吉や、正二や、ほかの子供たちが、じきに遊びにいくようになったのも、一つは、勇ちゃんの叔父さんだったというので、まったく他人のような気がしなかったからでもありましょう。

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