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丘の下
おかのした
作品ID51510
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 12」 講談社
1977(昭和52)年10月10日
初出「小学四年生」1938(昭和13)年1月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者酒井裕二
公開 / 更新2016-10-13 / 2016-09-09
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 年雄は、丘の上に立って、ぼんやりと考えていました。
「学校で、みんなと別れるときは悲しかった。先生にごあいさつをすると、先生は、みんなに向かって、こんど年雄くんは、お父さんが転勤なさるので、遠くへいかれることになったから、よくお別れをなさいとおっしゃったのだ。みんなは、僕に手紙をくれよといって、所番地を紙片に書いて僕のポケットの中へ入れてくれたっけ。しかし、住所だけで、名を書いてないものは、だれだかわからないのだ。きっと、顔を知っているから、そのときは、いいと思ったのだろう。」
 仲よく遊んだ、友だちの顔が、一人、一人、はっきりと目に映ったのでありました。
 それは、ちょうど夏のはじめであったが、いまは、はや秋も末になっていました。あちらは、じき雪の降るころであろう。年雄は、北の遠い地平線をながめました。あの雲の漂っている下に、自分のなつかしい学校があるのだ。いまごろ、みんなは、どうしているだろうかと思ったのです。
 キチ、キチといって、小鳥が、けたたましく鳴いてうしろの雑木林の中へ下りました。美しく色づいた葉も、だいぶ散ってしまって、林の中は、まばらに枝が見えていましたが、その鳥の姿はよくわかりませんでした。日の光は、ほのかに足もとをあたためて、草のうちには、まだ生き残った虫が、細い声で、しかし、朗らかに歌をうたっていました。
「なんて、平和で、静かな景色だろう。」
 彼は、懐中から、スケッチ帖を出して、前方の黄色くなった田圃や、灰色にかすんだ林の景色などを写生しにかかったのであります。
「あの光るのは、水かな。」と、彼は、田の中を流れる小川に目を注いでいました。そのとき、がやがやと声がして、丘の下を、学校の遠足が通ったのであります。
「どこの学校かしらん。こんなに遅くなってから、遠足するのは?」
 年雄は、鉛筆を握ったままで、しばらく、その列をながめていました。彼の目は、いま列の先頭に立って歩いていく、先生の姿にとまったのです。
「小山先生に、よく似ているが。」
 小山先生こそ、いままで思い出していた、やさしい先生でありました。列の先頭になっていく先生は、背が高く、黒い洋服を着て、うつむいて歩いていられます。小山先生の姿と癖そのままであります。
「ああ、あの太った、洋服を着た女の先生も?」
 年雄は、その先生が、学校にいられたのを記憶しています。
 どきどきする心臓を、こらえるようにして、目をじっと下に向けていると、列の終わりに、こんどはロイド眼鏡をかけて髪を長くした、若い先生が、後れながらついていかれます。
「ああ、あの先生も、たしかにいられた。」
 年雄は、不思議でならなかったのです。
「どうして、こんな遠いところまで、遠足にいらしたのだろう? きっと来年、卒業する六年生かもしれない。どれ、走っていって見よう。」
 年雄は、小山先生だったら、飛びつ…

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