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かざぐるま
かざぐるま
作品ID51516
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 14」 講談社
1977(昭和52)年12月10日
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者酒井裕二
公開 / 更新2019-04-16 / 2019-03-29
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)

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本文より


 駅前の広場で、二人の女はとなりあって、その日の新聞を、ゆき来の人に売っていました。一人は、もう年をとった母親であったが、一人は、まだ若い、赤ん坊をおぶった女でありました。
 朝のうちは、電車のつくたび、乗り降りするものがはげしいので、新聞もよく売れたが、正午近くなると、買うものが、あまりなかったのです。
 冬の日は、広場の土を白々とてらしていました。ただ、紙くずが、風にふかれて、その上をとんでいます。二人は、なにを考えているのか、ぼんやりと、前の方をながめていました。
 すぐ向こう筋に中華料理店があって、さっきから、入り口のドアが、あいたり、しまったりしていました。そして、いましがた、桃色の服をきた女と、背の高い、黒服の男が、手をとりあって、入ったように思ったのが、いつのまにか時間がたち、もう食事をすまして、二人が出てくるのを、年とった女は見たのでした。かの女は、
「うちのむすこは、まだこんな上等のところを知らないだろう。」と、思いました。
 それは、母親にとって、うれしいことであり、また、かわいそうなことであるような気がしました。
 ゆうべのこと、むすこは、工場からかえると、やぶれた仕事服のポケットをさぐり、金をとり出して、
「おかあさん、映画を、見にいっていらっしゃい、お正月だもの。」と、前へ差し出したのでした。
 そのよごれた手を見るうち、ふと幼いころ、おまえの手はだれに似て、まるくて、かわいらしいのだろうと、よくいったことが、記憶にうかんだのです。そしてその手がいま私たちの暮らしを立てていると思うと、泣かずにいられませんでした。
「いまごろ、むすこは工場で、はたらいているだろう。」と、遠くの煙突から、白い煙の上るのを見て、かの女は思いました。
「このごろ、ご主人は、どうなの。」と、わかい女に聞きました。
 赤ちゃんの父親は、病気でねていました。

 あくる日、年とったほうの女は、デパートの、かざられた衣裳の前に立っていました。そこには、三万円の札のついた帯地、また二万円の札のさがった晴れ着が、かかっていました。
「だれが、これを買うのだろうか。私も、となりの若い女も、一生身につけることはないだろう。」
 そう思うと、なんとなく、さびしい気がして、かの女は、おもちゃのある売り場へいそいだのでした。そして、そこで、むすこが映画を見ろといってくれた金で、となりの赤ちゃんがよろこびそうな、赤いかざぐるまを買いました。
 かの女は、それを大事そうにもって、階段を下り外へ出ました。つめたい風に、セルロイドのかざぐるまは、さらさらと、かわいた音をたてて、まわるのでありました。



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