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かたい大きな手
かたいおおきなて
作品ID51520
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 14」 講談社
1977(昭和52)年12月10日
初出「銀河」1948(昭和23)年7月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者酒井裕二
公開 / 更新2019-02-04 / 2019-01-29
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 遠く、いなかから、出ていらした、おじいさんがめずらしいので、勇吉は、そのそばをはなれませんでした。おじいさんの着物には、北の国の生活が、しみこんでいるように感じられました。それは畑の枯れ草をぬくもらし、また町へつづく、さびしい道を照らした、太陽のにおいであると思うと、かぎりなくなつかしかったのです。
「こちらは、いつも、こんなにいいお天気なのか。」と、おじいさんは、聞かれました。
「はい、このごろは、毎日こんなです。」と、おかあさんが、答えました。
「あたたかなところで、くらす人は、うらやましい。」
 おじいさんは、庭のかなたへ、はてしなくひろがる空を見ました。風のない、おだやかな日で、空がむらさきばんでいました。
「おかあさん、さっき、金魚売りがきた。」
「そうかい、戦争中は、金魚売りもこなかったね。」
「故郷は、まだこんなわけにはいかない。」と、おじいさんは、なにか考えていられました。
「もうすこし、近ければ、ときどきいらっしゃれるんですが。」
「こちらへくると、もう、帰りたくなくなる。」と、おじいさんは笑われました。
 勇吉は、おじいさんの顔を見て、
「おじいさん、いなかと、こっちとどちらがいいの。」と、聞きました。
「それは、こっちがいいさ。半日汽車に乗れば、こうも気候が、ちがうものかとおどろくよ。」
「そんなら、おじいさん、こっちへ越していらっしゃい。」
「もうちっと、年でも若ければ。」
「お年よりですから、なおのこと、そうしてくださればいいんですが。」と、おかあさんがいいました。
「ねえ、おじいさん、そうなさいよ。」と、勇吉は、おじいさんのからだにすがりつきました。
「まあ、よく考えてみてから。」と、おじいさんは、しわのよった、大きな手で、勇吉のいがぐり頭を、くるくるとなでられました。
「おじいさん、お湯へいらっしゃいませんか。勇ちゃん、おともをなさい。」と、このとき、おかあさんが、台所から、出てきて、いいました。
 こう聞くと、おじいさんも、その気になられたのでしょう。
「そうしようか、どれ、はおりを出しておくれ。」
 立ちあがって、みなりをなおしました。
「おはおりなんか、きていらっしゃらないほうがいいですよ。」
「晩がたになると、冷えはしないか。」
「そうですか。」
 やがて、おじいさんと、勇吉の二人は、家を出ました。おじいさんは、はおりをきて、白たびをはかれました。途中、近所の人々が、そのうしろすがたを見送っていました。いなかからの、お客さんだろうと思って、見るにちがいないと、勇吉はなんとなく気はずかしかったのでした。
 道の両がわに、家が建っていました。それらの中には、店屋がまじっていました。そして、ところどころあるあき地は畑となって、麦や、ねぎが、青々としげっていました。おじいさんは、立ちどまって、それを見ながら、なにか感心したよう…

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