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からす
からす
作品ID51521
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 12」 講談社
1977(昭和52)年10月10日
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者酒井裕二
公開 / 更新2016-11-07 / 2016-10-28
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 頭が過敏すぎると、口や、手足の働きが鈍り、かえって、のろまに見えるものです。純吉は、少年の時分にそうでありました。
 学校で、ある思慮のない教師が、純吉のことを、
「おまえは、鈍吉だ。」と、いったのが原因となって、生徒たちは、彼のことを鈍ちゃんとあだ名するようになりました。
「ドンチャン、早くおいでよ。」
 学校への往復に友だちは、こういったものです。しまいには、本名をいうよりか、仲間の間柄だけに、あだ名で呼ぶほうが、親しみのあった場合もあるが、そばを通ったどらねこに、石を投げるのが遅かったからといって、心から軽蔑した意味で、
「ドンチャンでは、だめだなあ。」と、いったものもあります。
 彼は、自分より年下の子供たちからも、
「ドンチャン。」と、いわれることに対して、けっして、快くは感じなかった。ただ、黙っていたまででした。そして、自ら憤りを紛らすために、にやにや笑ってさえいました。だからいっそう、みんなが彼をばかにしたのです。
 ときどき、純吉は、自分を侮る相手の顔をじっとながめることがありました。
「あの面に、げんこつをくらわせることはなんでもない。だが、己が、腕に力をいれて打ったら、あの顔が欠けてしまいはせぬか?」
 そう、心の中で思うと、なんで、そんなむごたらしいことができましょう。しかし、相手が、いつも自分より弱い、年の少ないものとは、かぎっていませんでした。純吉よりも大きい力の強そうなものもありました。
 すると、また彼は、思ったのです。
「おれは、負けてもけっして、あやまりはしない。けんかをしたら、命のあらんかぎり組みついているだろう。その結果は、どうなるのか?」
 どちらかが傷ついて倒れるのだと知ると、彼は、そんな事件を引き起こす必要があろうかと疑ったのです。
 西の山から、毎朝早く、からすの群れが、村の上空を飛んで、東の方へいきました。そして、晩方になると、それらのからすは、一日の働きを終えて、きれいな列を造り、東から、西へと帰っていくのでした。
 彼らは、こうして、つねに友だちといっしょであったけれど、たがいの身を支配する運命は、かならずしも同じではなかったのです。中には、意外な敵と出合って戦い、危うく脱れたとみえ、翼の傷ついたのもあります。
 この不幸なからすだけは、みんなから、ややもすると後れがちでした。けれど、殿を承ったからすは、この弱い仲間を、後方に残すことはしなかった。なにか合図をすると、たちまち整った陣形は、しばし乱れて、傷ついたからすを強そうなものの間へ入れて、左右から、勇気づけるようにして、連れていくのでした。
「からすのほうが、よっぽど、偉いや。」
 純吉は、空を仰ぎながら、つぶやくと、目の中に熱い涙のわくのを覚えました。
 ある日のことです。田圃へ出て、父親の手助けをしていると、ふいに、父親が、
「純や、あれを見い。…

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