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汽車は走る
きしゃははしる
作品ID51524
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 13」 講談社
1977(昭和52)年11月10日
初出「日本の子供」1941(昭和16)年4月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者酒井裕二
公開 / 更新2017-12-11 / 2017-11-24
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 春風が吹くころになると、窓のガラスの汚れがきわだって目につくようになりました。冬の間は、ほこりのかかるのに委していたのです。裁縫室の窓からは、運動場の大きな桜の木が見えました。
「あの枝に花が咲くのは、いつのことか。」と、ちらちらと雪の降る日に、外をながめながら思ったのが、はや、くっきりと枝全体にうす紅色を帯びて、さんご樹を見るような気がするのです。そして、一つ一つの、つばみがふくらんで、ぷつぷつとして、もうそれが開くのも間のないことでありました。かよ子は、このごろ、裁縫をしながら、ときどき思い出したように頭を上げて、外をながめるのが楽しみでありました。
「ねえ、みんなで、窓のガラスをふきましょうよ。」
 こういい出したのは、かよ子でありました。
「ええ、ふきましょう。この前、おそうじしたのは、いつだったか。ずいぶんしなかったのね。」
「寒いんですもの。空は暗かったし、する気になれなかったでしょう。」
 この四月、卒業する高等科の生徒たちは、なんとなく気持ちが浮き浮きとして、明るく元気でした。
「吉田さんは、東京へおいきなきるって、ほんとうですか。」と、年寄って、もう髪に白毛の見える先生が、いわれました。
「叔母さんが、おてつだいをしながら、もうすこし勉勉をつづけたらといいますので。」と、かよ子は答えました。
「それはけっこうなことです。このお教室では、あなたのお母さんもおけいこをなさったのですよ。お母さんは、どの課目もよくおできになったが、お裁縫もお好きでした。いまのお子さんたちは、どういうものか、お裁縫がきらいですが、これからの日本の婦人は、ひととおりのお仕事ができなければ、大陸へもいけないと、校長先生もおっしゃっておいでです。」
「それで、私、東京へいったら、夜学にでも通って、洋裁を習おうかと思うのです。」
「いいお考えですね。時勢がこんなですから、衣服のほうも働きいいように改良されましょうし、私など、こうおばあさんになっては、新しい研究は骨がおれますし、若い人にやってもらわなければ。」と、先生は、いわれて、さびしそうに笑われました。
 かよ子は、お母さんが、まだ生徒の時代から、この学校に教えていられる先生の生活を考えると、なんとなく尊く頭の下がるような気がしました。
 しばらく、かよ子は、うつむいて、だまってお裁縫をしていました。
 はじめてお母さんにつれられて、この学校へ上がったとき、お母さんは、あの桜の木の下に立って、自分たちが遊戯をするのを見ていられた。ちょうど桜の花が満開であった。風の吹くたびに、ちらちらと花が散ったのを記憶している。もうすぐに、幾年めかで、その季節がめぐってくるのだ。
 また、秋の運動会の日であった。それは、自分が六年生のときであったが、徒歩競争に出るのをお母さんは、やはり、あの桜の木の下に立って見ていられた。桜の幹から、…

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