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きつねをおがんだ人たち
きつねをおがんだひとたち
作品ID51525
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 14」 講談社
1977(昭和52)年12月10日
初出「週刊家庭朝日」1950(昭和25)年1月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者酒井裕二
公開 / 更新2018-12-15 / 2018-11-24
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 村に、おいなりさまの小さい社がありました。まずこの話からしなければなりません。
 昔、一人の武士が、殿さまのお使いで、旅へ出かけました。思いのほか日数がかかり、用がすんで、帰途につきましたが、いいつけられた日までに、もどれそうもありませんでした。そのうち、あいにく雪がふりだしました。北国の冬の天気ほど、あてにならぬものはありません。たちまち雪はつもって、道をふさぎました。
 ある日の晩がた、ようやく武士は湖水のあるところまで、たどりつきました。おりから雪はやんで、西の山のはしが、明るく黄色にそまり、明日は天気がよさそうです。そして、行く手の村々は、白々とした雪の広野の中に、黒くかすんで見えました。
「ああ、この湖水がわたれるなら、早く帰れるだろうに。」と、湖水の方をながめて、ため息をつきました。
 このとき、一ぴきのけものがどこからか飛びだして、雪をけたてて、湖水を横ぎり、たちまち姿を消してしまいました。
「や、いまのは、たしかにきつねであった。きつねが通ると、水は凍って、人も渡れるという。神さまがあわれんで、助けてくださるというお告げであろうか。」と、武士は思い、その夜はここで明かしました。
 翌朝見ると、はたして湖水の面は、鏡のごとく光って、かたく張りつめた氷は、武士をやすやすと、むこうの岸まで、渡らせてくれたのでした。
 この、いなりの社は、武士が、お礼に建てたものだといいつたえられています。
 話はべつに、ある日、町の病院で、貧しげなふうをした母親と少年の二人が、待合室の片すみで、ちぢこまって、泣いていました。ちょうど、こちらには、こざっぱりとしたようすの母子が、すわっていましたが、子供はまだ小さく、母のほうはどことなく情けぶかそうに見えました。すると、彼女は立ちあがって、
「どうなさったのでございますか。」と、少年に気づいて、たずねました。あわれな少年の母親は、
「この子が、このあいだから、手が痛いといいますので、今日きて見てもらいますと、もうておくれになっているので、すぐに片方の腕を切りとってしまわなければ、命がないとおっしゃいます。どうしたらいいものか、迷っているのです。」と、答えました。
 そのとき、子供の母は、持ち合わせの金を紙につつんで、おみまいのつもりで、なにかにつかってやってくれとやったのでありますが、子供も心をうたれて、気の毒な少年の顔をじっと見まもっていました。
 その子供が、中学へ上がるころのこと、道を歩いていると、荷車を引く、強そうな若者と出あいました。ふと顔をあわせると、いつか病院で、腕を切らなければ死ぬといわれた少年でした。若者もおどろいて、頭を下げ、
「いつぞやは、ありがとうございました。その後、おいなりさまに願をかけますと、うみが出まして、いまではこうして働けるようになりました。」と、いいました。
 これを聞くと、や…

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