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木の上と下の話
きのうえとしたのはなし |
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作品ID | 51526 |
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著者 | 小川 未明 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「定本小川未明童話全集 13」 講談社 1977(昭和52)年11月10日 |
初出 | 「台湾日日新報 夕刊」1940(昭和15)年5月7、8日 |
入力者 | 特定非営利活動法人はるかぜ |
校正者 | 酒井裕二 |
公開 / 更新 | 2018-11-08 / 2018-11-01 |
長さの目安 | 約 8 ページ(500字/頁で計算) |
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一
ある家の門のところに、大きなしいの木がありました。すずめが、その枝の中に巣を造っていました。さわやかな風が吹いて、きらきらと若葉は波だてていました。
「お母さん、さっきから、小さな子供たちがこの木の下でぺちゃぺちゃいっているが、なにをしているんでしょうね。」と、子すずめがききました。
「さあ、なにをしているのでしょう。年雄さんとちい子ちゃんとですね。おまえ下の枝までいってごらんなさい。」と、母すずめが答えました。
「空気銃で打たれるといけないな。」
「いいえ、あの子たちは、そんなわるいことをしませんよ。それに、もうこのごろは、銃を持つ季節でありませんからね。」
子すずめは、飛んで降りようとしました。
「だが、あまり下へいってはいけませんよ。近所にねこがいますからね。」と、母すずめは注意をしました。
「お母さん、ねこならだいじょうぶですよ。僕たちのほうがよっぽど早い。」
「いいえ、ここにいる年とったねこは、それはりこうで、木に登ることが上手です。いつか、私ですら、もうちょっとで捕まるところでしたから、油断をしてはいけません。」
「あの白と黒のぶちのあるねこでしょう?」
「そうです。あのねこも、このごろどこかわるいのか、それとも年をとって体がよわったのか、このあいだ、下を通ったときは、元気がなかったようでした。ですから、もう前のように恐ろしいこともないでしょう。」
「前って、いつごろのことですか。」
「去年あたりまでは、目がぴかぴかと光って肩を怒らして、のそり、のそりと歩いたものです。」
子すずめは、このうえお母さんのお話をじっとして聞いている気にはなれなかったのです。それよりは、下の子供たちの遊びを見るほうが、よっぽどおもしろそうでありました。チュン、チュン、と鳴いて、子すずめは、下の枝へ移っていきました。
「ちい子ちゃん、このみみずは、あっちの圃へ歩いていこうとしたのだね。」と、年雄さんが、いっています。ちい子ちゃんは、白く乾いた道の上で、じっとして動かないみみずを見つめていました。
「どうして。」
「だって、太陽が、当たって暑いから、水気のある、圃へいきたかったのだよ。」
「年雄さん、きっとそうだわ。」
ちい子ちゃんは、じっとしている、みみずの体に、日の光がにじむのを見ながら、どうして、こんなところを歩いたのかということがわかりました。
「かわいそうだな。」と、年雄さんが、いいました。
「あんまり、のろいからよ。もっと早く歩けばいいのに。」
「だって、歩けないから、しかたがないだろう。」
二人の考え方が、ちがいました。
「はや、ありがたかってよ、年雄さん。」と、ちい子ちゃんは、どこからか、みみずのじっとして動けないのを知って、集まってくるありを見て、不思議がりました。
「こいつめ、こいつめ。」といいながら、年雄さんは、石ころで、一ぴき、一ぴ…