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雲のわくころ
くものわくころ
作品ID51555
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 14」 講談社
1977(昭和52)年12月10日
初出「小学六年生 5巻6号」1952(昭和27)年9月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者酒井裕二
公開 / 更新2017-08-21 / 2017-07-17
長さの目安約 11 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 冬のさむい間は、霜よけをしてやったり、また、日のよくあたるところへ、鉢を出してやったりして、早く芽が頭をだすのを、まちどおしく思ったのであります。
 勇吉は、草花を愛していました。
 しかし、いくら気をもんでも、その気候とならなければ、なかなか、芽を出し、咲くものでないことも、知っていました。だから、
「早く、春にならないかなあ。」と、灰色に、ものかなしく、くもった冬の空をながめて、いくたび思ったことでしょう。
 そのうち、だんだん木々の小枝にも、生気のみなぎるのが感じられ、氷のように、つめたくはりつめた黒い雲が、あわただしく、うごきはじめて、冬の去っていくのがわかりました。そのときは、また、どんなにうれしかったでしょう。
 いつのまにか、素焼きの鉢の中にも、庭の花園にも、やわらかな土をやぶって、こはく色の球根の芽が顔を見せ、太陽をしたって、のびようとするのでした。
 ある早春の日のこと、日あたりのいい、寺の門前で、店をひらいて、草花の根や、苗を売っている男がありました。これを見た勇吉は、やまゆりの根を二つ買ってかえりました。そして、一つ大きいほうを花壇に、もう一つを、小高くなっている、つつじのはえたところへ、うえたのであります。
 ちょうど、春の季節の花が、少なくなったじぶん、やまゆりの芽は、ぐんぐんと、大きくなったのでした。
 ところが、ある日、勇吉は、庭へ出て草をむしったり、肥料をほどこしたりするうち、あやまって、花壇のやまゆりを、ふみつけてしまいました。
「あっ。」と、思わずさけんだが、むざんに、根もとから折れてしまったので、どうすることもできませんでした。
「かわいそうなことをした。」と、ざんねんがるよりか、むしろ、花のはかない運命を、あわれまずに、いられなかったのでした。
 かれは、自分の不注意だったつぐないとして、あとの一つを大事にしました。やがて、それは、初夏の空の下で、白い清らかな感じのする香気の高い花を開きました。日の光がてらすと、さながら銀でつくられた花のごとく、かがやかしく見えたのです。
 たちまち、この花のみつを吸おうとして、ちょうや、はちが、どこからか飛んできて、花のまわりに集まりました。
「よく、みごとに咲いたなあ。」と、ふらりと、となりのおじさんが、庭へやってきて、やまゆりの花を見てほめました。
「いまごろ、山にのぼると、谷へかけて、こんなのが、たくさん、みごとに咲いている。勇ちゃんは、こんどの休みに、私といっしょにいってみないか。」と、おじさんが、さそったのでした。
「山へいくんですか。」と、かれは、胸をおどらせながら、おじさんの顔を見ましたが、すぐには、決しかねて、返事ができなかったのでした。そのわけは、自分が、まだ遠いところへ、いった経験がなかったからです。
「なに、たいして、歩かなくても、すぐ山や谷のあるそばまで、い…

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