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心は大空を泳ぐ
こころはおおぞらをおよぐ
作品ID51564
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 14」 講談社
1977(昭和52)年12月10日
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者酒井裕二
公開 / 更新2019-04-16 / 2019-03-29
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 いまごろ、みんなは、たのしく話をしながら、先生につれられて、知らない道を歩いているだろうと思うと、勇吉は自分から進んで、いきたくないと、こんどの遠足にくわわらなかったことが、なんとなく残念なような気がしました。
 しかし、家のようすがわかっているので、このうえ、父や母に、心配をかけたくなかったのでした。
「おまえがいきたいなら、お父さんは、なんとでもして、つごうをつけてやるから。」と、父はいいました。けれど、彼は、頭を強く横にふりました。
 そのとき、これを見た母は、なんと感じたか、目に涙をためていました。
 緑色の大空を、二羽のつばめが、気ままにとびまわっていました。それを見ていた勇吉は、
「ぼく、つばめになりたいなあ。そうしたら、すぐ、みんなのところへ、いけるのになあ。」と、ひとりごとをしました。
 たちまち、目に、工場や、製造場のある、にぎやかな町が見え、また船の出たり、入ったりする港がうかんできて、見るもの、聞くもの、すべてこれまで、知らなかったことばかりでした。ちょうど、みんなは、大きな工場を見学して、いま、その門から出たところで、先生のお話を聞きながら、港のほうへ、歩いていたのでした。そして、一同のたのしそうな姿が、ありありと、想像されるのでした。
 すると、つぎには、紫色の水平線のもり上がる海が見えました。どこか他国の港から、たくさんの貨物をつんできたのであろうか、汽笛をならして、入ってきた船があります。だんだん、その黒い大きな船が近づくと、日の丸の旗が、風にひらひらとひらめいて、目にしみるのでした。
「万歳……。」と、申し合わせたごとく、みんなのさけぶ声が、勇吉の耳に聞こえたのです。しばらく、彼は、うっとりとしていました。やがて、想像の夢からさめると、つばめもどこへか飛び去って、いませんでした。じっとして、家にいられなかったので、だれか友だちがいないものかと、学校のそばまで、走っていきました。
 べつに、自分の知ったものとも、あいませんでした。ただ、広い運動場に、こいのぼりが立って、高いさおのいただきに、赤と黒の二匹のこいが、生きているように、大空を泳いでいました。彼はしばらく、その下に、たたずんで見上げているうち、自分がその黒い一ぴきのこいに、なったような気がしたのです。
 若葉のけむるような林を、波だて、ふいてきた風が、
「さあ、はやく、いっしょにいこうよ。」と、黒いほうの大きなこいを、さそうのでした。
「どこへ、つれていってくれる。」と、こいが聞きました。
「君のいきたいところへ、どこへでも、つれていくよ。」と、風はいいました。
「あの雲の上まで、つれていってくれる。」と、こいは聞きました。
「いいとも、雲の上にのれば、それは楽なものさ。それに、海の上でも、山の上でも、世界じゅうを見てあるくことが、できるもの。」と、風は、いいました。…

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