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しいたげられた天才
しいたげられたてんさい
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 14」 講談社
1977(昭和52)年12月10日
初出「白象 第1冊」1949(昭和24)年11月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者酒井裕二
公開 / 更新2018-11-08 / 2018-11-01
長さの目安約 9 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 獣の牙をならべるように、遠く国境の方から光った高い山脈が、だんだんと低くなって、しまいに長いすそを海の中へ、没していました。ここは、山間の、停車場に近い、町の形をした、小さな村でありました。
 その一軒の家へ、戦時中に、疎開してきた、家族がありました。からだの弱そうな男の子が、よく二階の窓から、ぼんやりと、彼方の山をながめて、なにか考えていました。季節が秋にはいると、どこからともなく、渡り鳥があかね色の夕空を、山の上高く、豆粒のように、ちらばりながら、飛んでいくのが見えました。子供は、鳥影のまったく空の中に吸い込まれて、見えなくなるまで見送っていました。やがて日が暮れてしまうと、さらさらと音をたて、西風が、落ち葉を雨戸に吹きつけるのです。
「お母さん、いつ、東京へ帰るの。」と、子供は聞くのでした。
 あかりの下で、冬の着物の手入れをしていた、母親は、
「新聞を見ると、また、二、三日前も空襲があったそうですよ。私たちが帰っても、もうお家がないかもしれません。だから、空襲がなくなってから、帰りましょうね。」と、さとすのでありました。
 こう聞くと、子供は、しかたがなく、おもちゃの木琴を取り出して、鳴らしはじめました。その音は、外の風の声に、かき消されたけれど、子供は、さびしさをまぎらせていました。
 いよいよ戦争が終わって、空襲の恐れがなくなると、この家族は、古いすみかへもどっていきました。そのとき、糸の切れた木琴は、ほかの不用になった品物といっしょに、捨てられるごとく、この村へ残されたのでした。
 炭焼きじいさんの、孫の秀吉は、よく祖父の手助けをして、山から俵を運ぶために、村端の坂道を上ったり、下ったりしました。そのたびに、ちょうど道のそばにあった、古道具屋の店さきにかかった、木琴に心を奪われたのです。
「どうでも、おじじにねだって、あれを買ってもらうぞ。」と、かがやく瞳で楽器を見つめて、こう、ひとり語をするのでした。
 しかし、よく働く孫の、この願いは空しくなかった。ついに、その木琴が、秀吉の手に入ったとき、どんなにうれしかったでしょう。彼は、苦心して、細い針金で、糸の切れたのをつなぎました。糸を強く張って、ピン、ピンと、ひくと、いい音に、一つ一つ、羽があって、雲切れのする青い空へ、おどり上がるような気がしました。
 山や、谷や、木立までがこの音を聞いて、急に目覚めたものか、いままでに感じないほど、喜びと、悲しみの色を濃くしたのでした。また、雲までが、慕い寄るように、頭をたれるのでした。
「なるほど、いい音が出るのう。しかし、おまえは、不思議な子だ。やっと歩くような小さなときから、あめ屋の太鼓が好きで、その後を追って、迷い子になったことがあるし、水車場のそばを通れば、じっと立ちどまって、車の鳴る音に耳をすましたものだ。生まれつき、なんでも音が好きなのだ。だ…

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