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白壁のうち
しらかべのうち
作品ID51585
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 13」 講談社
1977(昭和52)年11月10日
初出「コクミン二年生」1946(昭和21)年8月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者酒井裕二
公開 / 更新2020-02-08 / 2020-01-24
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)

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本文より


 私は、学校にいるとき、いまごろ、お母さんは、なにをなさっていらっしゃるだろうか、またおばあさんは、どうしておいでになるだろうか、と考えます。すると、おうちのようすが、ありありと、目にうつります。
「ああ、お母さんは、おせんたくをなさって、もう、おわったころだ。」
「いまごろ、おばあさんは、いつもの場所にすわって、眼鏡をかけ、お仕事をなさっているだろう。」と、思いました。
 早くおうちへ帰りたいと思っていたので、学校のおわったときは、ほんとうにうれしかったのです。帰りは、たいてい、お友だちといっしょでした。
 町を出はずれたところに、お寺がありました。そのお寺の裏は、大きな暗い森になっていました。そこを過ぎると、もうあちらに、私たちの村が見えます。そして、まっききに目にはいるのは、白壁のうちです。
「ああ、なつかしい白壁……。」
 そのおうちが、私の生まれた家です。どこへいった帰りでも、この白壁が目にはいると、私は、もうおうちへ帰ったような気がしました。
「また、あとで遊ぼうね。」
 おたがいが別れるとき、こういいました。道が、そこから二すじになっていました。
 私は、小道をいきました。道の両がわに、かぼちゃ畑があって、黄色な花が咲いていました。くまばちが、みつをさがしに、花の中へはいったり、出たりしていました。頭の上で、日の光が、きらきらとしたが、あちらの青い空には、白い入道雲が、もくもくと出ていました。
 私は、赤いほうせんかの咲いている裏口をはいって、元気よく、
「ただいま。」といいました。
 すると、やさしい声で、
「お帰りなさい。」と、お母さんが返事をなさいました。そして、にこにこしながら出ていらっしゃったのは、おばあさんでありました。
「暑かったろう、さあ、はやく顔をお洗いなさい。」と、おっしゃって、帽子や、かばんをはこんでくださいました。
 晩方、私は往来で、お友だちと遊んでいました。夕日があかあかと、遠く、白壁にうつっていました。
 このとき、包みを肩にかけた、ひとりの旅人が通りかかり、つかれたようすで、汗をふきながら、
「ここから浜まで、まだだいぶありますか。今夜、舟に乗ろうと思うのですが。」と、たずねました。
「二里ばかりあります。」と、私が答えると、
「この道を、まっすぐいけばいいのですか?」と、聞きました。
「そうです。つきあたったら、右にいきます。」
「ありがとうございます。」と、旅人はていねいに、頭を下げていきました。
 私は、うしろ姿を見送り、「どうか、時間にまにあい、ぶじに舟に乗れますように。」と、旅人のために、心から祈りました。



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