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戦争はぼくをおとなにした
せんそうはぼくをおとなにした
作品ID51595
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 13」 講談社
1977(昭和52)年11月10日
初出「童話」1947(昭和22)年2、3月合併号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者酒井裕二
公開 / 更新2017-07-16 / 2017-07-17
長さの目安約 12 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 まだ、ひる前で、あまり人通りのない時分でした。道の片がわに一軒の染め物店がありました。表へ面した、ガラスのはまった飾り窓には、若い女の人がきるような、はでな反物がかかっていました。それだけでも、通る人々の足をとめて、目をひくに十分といえますが、もう一つ、この窓の内へ、セルロイド製の、大きなはだかのキューピーがかざられて、いっそうの注意をひきました。キューピーのからだの色は、うす赤く、二つの目は、まるくまっ黒でした。この健康そうな赤ん坊ほどもある人形は、そのひょうきんな顔つきでは、いまにも、足音におどろいて、目をくるくるさし、通りかかる人になにか悪口をいって、いたずらをしかねまじきふうに見えました。つい無心できかかる人まで、その笑いにつりこまれるくらいだから、わんぱくざかりの子どもらが、なんでこれを見て、なんともいわぬはずがありましょう。
 いずれは、この近所の子どもたちでした。ふたりづれの男の子が、どこからか往来へ出てきました。どちらも六つか、七つぐらいです。キューピーに目をとめると、たちまち窓のそばへ寄ってきました。
 なんと思ったか、ひとりの子は、いきなり両足をひらいて、大きな目をいからし、キューピーのまねをして、人形とにらめっこをしました。
 他のひとりは、また、自分の顔をガラスにおしつけて、できるだけ、よく見ようとしていました。しかし、なにをしても、キューピーには、手ごたえがありませんでした。ふたりは、これでは、こちらがばかにされるような気がして、腹立たしくなりました。
「やいキューピーのばか!」と、ひとりは、手をふりあげて、なぐるまねをして、みせました。それでも、キューピーは、だまっています。
「こら、石ぶつけるぞ!」
 このとき、とつぜん、もうひとりの、男の子が、
「この、キューピー、おとなりのユウ坊みたいだよ。」と、笑いだしました。
「ユウ坊って、おりこう。」
「う、うん。」
「しょうべんたれの、うんこたれなの。」
「はっ、はっ、はっ。」
 そういって、ふたりは、顔を見合って、さもおもしろそうに、笑いました。
 青い空は、さわやかに、よく晴れています。深い、深い、水色がかって、たれさがるあちらには、遠く木立の枝が黒く、大きな森の、頭にさしている、かんざしのごとくみえました。そして昨夜の霜が、まだ光って枝先に凍りついているのが、日の光に、銀のごとくかがやいていました。こうして、冬の間、じっとして、眠っていた自然だけれど、もうどことなく、じきに目をさましそうなけはいがしました。
 このとき、突然、店の大きな戸があいて、おかみさんが、顔を出しました。
「みんないい子だから、土のかわくまで、あっちへいって、お遊びなさい。霜どけで、ころぶと着物がよごれますからね。」といいました。
 ふたりは、これをしおに、ここをはなれ、道普請の砂利がつんであるほうへ、…

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