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だれにも話さなかったこと
だれにもはなさなかったこと |
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作品ID | 51609 |
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著者 | 小川 未明 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「定本小川未明童話全集 14」 講談社 1977(昭和52)年12月10日 |
入力者 | 特定非営利活動法人はるかぜ |
校正者 | 酒井裕二 |
公開 / 更新 | 2019-08-14 / 2019-07-30 |
長さの目安 | 約 5 ページ(500字/頁で計算) |
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あのときの、女の先生は、まだいらっしゃるだろうか。それにつけ、僕は、深く心にのこって、忘れられない当時の思い出があります。
しばらく、さくの外に立って、もう一度そのときのことを頭にえがき、自分の子供の時分をかえりみました。
どちらかといえば、僕は、内弁慶で、外では弱虫というのでしょう。幼稚園へも、なかなか一人ではいけなかったのでした。
「姉さん、ついていってよ、それでなけりゃ、いや。」と、いざ朝になって、いくときになると、いいはりました。
「じゃ、こんどだけ、いっしょにいってあげましょうね。」と、姉は、ついていってくれました。
家を出ると、さびしいけれど町になります。お菓子屋や、くだもの屋や、酒屋や、薬屋などがあって、角のところにある、ラジオ屋の前をまがると、細い道となります。
その道をいくと、じき、幼稚園のところへ出るのでした。
門の前までくると、立ちどまって、
「さあ、お入りなさい。姉ちゃんは、もう帰っていいでしょう。」と、姉は、いいました。
もう、校舎の入り口には、きのう、いっしょに遊んだ、子供たちが二、三人もかたまって、僕のほうを見て、なにか話しあって、笑っています。きっと、弱虫とでもいっていたのでしょう。そう知りつつも、僕は勇気を出して、一人で入ることができなかった。それどころか、ますます、悲しくなって、姉の手をひき、
「お姉ちゃんも、いっしょでなければいや。」と、泣かんばかりに、いいました。
姉は、なんと思ったか、いやなようすもみせず、笑いながら、
「しかたがないのね、じゃ、いっしょに入りますよ。」と、いって、門を入りました。
僕のたのみなら、なんでもよくきいてくれる、やさしい姉は、教室の中へも、いっしょに入って、先生のお話を聞いていました。
僕たちは、教場の中で、教わるよりも、外へ出て、広場で遊んだり、うたったりするときのほうが多かった。しかし、僕には、内にいるほうが好ましく、外へ出て、みんなといっしょに手をつなぎ合って、遊戯をしたり、うたったりするのが、なんとなく、はずかしい気がして、好かなかったのです。
それは、二人ずつ、ならんで、たがいに手をとりあって、うたいながら、桜の木のまわりを歩いたときでした。
「ごらんなさい。姉ちゃんみたいな大きな人は、だれもはいっていませんよ。みっともないでしょう。あんたも、これからお友だちと、いっしょにならんで、お歩きなさいね。」と、姉は、小さな声でいいました。
子供に、大人がついてきたのは、僕ばかりでなかった。ほかの子供にも、母親や、姉などが、なにぶんあがった当座のことで、ついてきたけれど、たいていは、教室の外にいたし、運動するときは、列の外に立って、はなれて見ていたものです。しかるに、僕だけは、遊戯をするにも、姉といっしょでなければ、しないといったので、しかたなく先生もゆるして、姉…