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どこかに生きながら
どこかにいきながら
作品ID51632
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 14」 講談社
1977(昭和52)年12月10日
初出「童話」1946(昭和21)年7月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者酒井裕二
公開 / 更新2019-08-14 / 2019-07-30
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 子ねこは、彼が生まれる前の、母ねこの生活を知ることはできなかったけれど、物心がつくと宿なしの身であって、方々を追われ、人間からいじめつづけられたのでした。母ねこは、子供をある家の破れた物置のすみへ産み落としました。ここで幾日か過ごすうちに、子ねこは、やっと目が見えるようになりました。そして、母親の帰りがおそいと、空き箱の中から、明るみのある方を向いて、しきりとなくのでした。もし母ねこが、その声をききつけようものなら、急いで走ってきました。そして、箱へ飛び込むや否や、子供に乳房をふくませたのであります。
 しかし、ここも安住の場所でなかったのは、とつぜん物置へきた主人が見つけて、大いに怒り、
「いつ、こんなところへ、巣を造ったか。さあ、早く出てうせろ!」と、ほうきで、たたき出そうと、追いたてたからでした。あわれな母ねこは、あわてながら、かわいい子供をくわえて、逃げ出すより途がなかったのです。空き地をぬけ、林のある方へと、いきました。
 そこには、小さな祠があって、その縁の下なら、安全と思ったのでしょう。けれどそこは湿気にみち、いたるところ、くもの巣が、かかっていました。それだけでなく、野良犬の隠れ場所でもあるのを気づくと、また、そこを一刻も早く去るのをちゅうちょしませんでした。母ねこは、べつに心当たりもなかったから、子供を口にぶらさげたままふたたび町の方へ引っ返したのです。
 秋も末のころで、町の中は、いたって静かでした。その日は、風もなく、青い空から、太陽が、あたたかに、家々の屋根を照らしていました。母ねこは、窓の開いた、ふとんを干してある、二階家が目につくと、大胆にも塀をよじのぼりました。いまは、どんな冒険をしても、子ねこのために、いい場所を探し出さなければならぬと思ったのです。さいわい人がいなかったので、すぐ座敷へつれてきました。自分も、かたわらへながながと臥て、乳をのませました。これが、いつまでもつづくものなら、母子のねこは、たしかに幸福だったでしょう。普通の飼いねこなら、ぜいたくでもなんでもないのだが、二匹には、許されぬ望みでありました。わずかばかりの安息が、恐ろしいむくいで、仕返しされねばならなかったのです。はしご段を上ってきた、おかみさんが、大騒ぎをして、なぐる棒を取りにいきました。おかみさんは、宿なしねこに入り込まれてはたいへんだ。こんなことが、二度とないように、こらしめるとでも思ったのでしょう。しかし、彼女のもどったときは、二匹のねこの姿は、もう見えませんでした。
 重なり合うように、建ち並ぶ家々の屋根は、さながら波濤のごとくでした。地の上ですむことのできないものは、ここが唯一の場所であったかしれません。二匹のねこは、もう降りようとしませんでした。ときどき、おびやかすように、ものすごい木枯らしが、吹かなければ、なおよかったのです。
「おまえ…

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