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羽衣物語
はごろもものがたり
作品ID51650
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 13」 講談社
1977(昭和52)年11月10日
初出「コクミン一年生」1946(昭和21)年2、3月、「コクミン二年生」1946(昭和21)年4月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者酒井裕二
公開 / 更新2019-04-07 / 2019-03-29
長さの目安約 13 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 昔は、いまよりももっと、松の緑が青く、砂の色も白く、日本の景色は、美しかったのでありましょう。
 ちょうど、いまから二千年ばかり前のことでありました。三保の松原の近くに、一人の若い舟乗りがすんでいました。ある朝のこと、東の空がやっとあかくなりはじめたころ、いつものごとく舟を出そうと、海岸をさして、家を出かけたのであります。
 まだ、おちこちの森のすがたは、ぼんやりとして、あたり一面の畑には、白いもやがかかっていたけれど、早起きのうぐいすや、やまばとは、もうどこかでほがらかに鳴いていました。そうして、あちらの空には、富士山が、神々しく、くっきりと浮かびあがって見えました。
 これを仰ぐと、若者は、つつましげにえりを正して、手を合わせながら、
「どうぞ、今日も私のからだに、けが、さいなんなく、おかげで、しあわせにくらせますように。」と、いいました。
 こう祈りをささげると、なんとなく心がすがすがしく、気もちもはればれとして、しぜん、ふみ出す足に力が入りました。
 このとき、どこからともなく、ぷんと松のにおいがしました。いつのまにか、松原へさしかかっていたのであります。木の間から、びょうびょうとして見える海の色、おだやかな波のうねり……。大海原は、まだよくねむりからさめきらぬもののようでした。
「おや。」といって、若者はとつぜん、歩みをとめました。なぜなら、いくぶんもやのうすれかかった前の方に、ふしぎなものが目にとまったからです。なんだか、まぶしいものが、一本の松の木の枝にかかっていました。いままで見たこともないようなものです。
「尾の長い鳥かしらん。それにしては、なんときれいな、大きな鳥だろう。」と、若者は、目をみはりました。
 鳥がとまっているのなら、近づけば逃げるだろうと、ちゅうちょしつつ、若者は、じっとようすをうかがいましたが、さらに、飛び立つけはいがなかったのでした。そうして、風にひらひらとゆれるのを見ると、うすい着物のようにも思われました。
「とにかく、いって見とどけよう。」と、若者は用心しながら、一足、一足、それへ近づいたのです。
 ひくくたれさがった松の枝にかかっているのは、はたして、かがやかしい、すきとおるような、女の着物でありました。はなれて見ると、まぶしい光をはなち、にじのかかったようでありました。かすみを切ったようにも思われるのでありました。
「いったい、この着物は、だれのものであろうか。」
 若者は、頭をかしげ、思案にくれました。
 松原の中は、しんとして、ときどき、小鳥の鳴き声が聞こえるくらいのもので、あたりを見まわしても、まったく人のいるような気はしませんでした。
 若者は、はじめて見るものだけに、さわるのが恐ろしくもあれば、また、あまりきれいなので、手をつけては悪いような気さえしましたが、ついに、もの珍しさのあまり、勇気を出…

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