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引かれていく牛
ひかれていくうし
作品ID51662
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 13」 講談社
1977(昭和52)年11月10日
初出「こくみん三年生」1941(昭和16)年3月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者酒井裕二
公開 / 更新2018-11-20 / 2018-10-24
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 もうじきに春がくるので、日がだんだんながくなりました。晩方、子供たちが、往来で遊んでいました。孝ちゃんと、勇ちゃんと、年ちゃんは、石けりをしていたし、みつ子さんとよし子さんは、なわとびをしていました。
 うす緑色の空に、頭をならべている木々のこずえは、いくらか色づいているように見えました。いろいろの木の芽が、もう出ようとしているのです。
 ちょうど、このとき、あちらから黒いものが、こちらへ、のそり、のそりと歩いてきました。
「あれ、お牛よ。」と、いちばん先にみつけたよし子さんがいいました。
「どうしたんだろうね。」と、年ちゃんが、いいました。
 子供たちの目は、みんなその方へそそがれました。そして、遊ぶのを忘れて、道ばたによって、通りかかる牛を見送っていたのでありました。
 牛は、年をとっているように思われました。なぜなら、毛なみがうすくなって、若い時分のようにつやがなかったからです。それに、この牛は長いこと、田や、畠で働いていたか、それとも重い荷をつけた車を引いていたので、かたのあたりの毛はなくなって、皮が出ていました。これを見た子供たちは、いいあわせたように、
「かわいそうに。」と、心に思ったのです。
 子供たちが、自分に同情してくれることも知らずに、牛は、のそり、のそりと歩いていきました。そして、いかにも、歩くのがいやそうに見えました。牛を引く男は、日が暮れてしまうのが気にかかるので牛を急がせようと、なわのはしで、ピシリと牛のしりをたたきました。すると、牛は、はっとして、そのときは歩みを早めたが、またいつのまにか、のそり、のそりとなるのでした。
「歩いていくのがいやなんだね。」と、勇ちゃんが、いいました。
「そうよ、きっと殺す場所へ引れていかれるのを知っているのよ。」と、よし子さんが、いいました。
「そうじゃないだろう。」と、孝ちゃんが強くうちけしました。
「いえ、いつか、ああして牛が連れていかれるのを見たとき、兄さんが、そういったわ。」と、よし子さんがいいました。
「かわいそうだな。」と、勇ちゃんと年ちゃんが、大きな声で、いっしょにさけびました。
 いつしか牛の姿は、だんだん遠くなってしまいました。みんなは、牛が見えなくなるまで、その方を見送っていましたが、二度とたのしく遊ぶ気にはなれませんでした。
「ほんとうに、牛は知っているんだね。」
「それはわかるさ。そして、逃げられないということも知っているのだ。」
「明日のいまごろは、もうお肉になって、町へ出るのだな。」
「わたし、お肉たべないわ。」
「私も。」
 みつ子さんとよし子さんが、そういうと、
「そんなら、くつもはけないよ。」と、勇ちゃんがいったので、みんな笑ってしまいました。
 空に星が光って、人の顔が、はっきりわからなくなったので、みんなは、てんでに明るいお家へかえりました、孝ちゃんのお母さ…

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