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僕はこれからだ
ぼくはこれからだ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 13」 講談社
1977(昭和52)年11月10日
初出「新児童文化 第3冊」1941(昭和16)年7月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者酒井裕二
公開 / 更新2018-05-11 / 2018-04-26
長さの目安約 18 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 村からすこし離れた、山のふもとに達吉の家はありました。彼は学校の帰りに、さびしい路をひとりで、ひらひら飛ぶ白いこちょうを追いかけたり、また、田のあぜで鳴くかえるに小石を投げつけたりして、道草をとっていたこともあります。そして、裏の松林にせみの鳴いている、我が家が近づくと急になつかしくなって、駈け出したものでした。
 父親というのは、体つきのがっちりした、無口の働き者でした。今日じゅうに、これだけ耕してしまおうと心で決めると、たとえ日が暮れかかっても、休まずに仕事に精を入れるという性質でしたから、村の人たちからも信用されていました。ところが事変の波は、こうした静かな田舎へも押し寄せてきました。彼には召集令が下ったのであります。カーキ色の服に戦闘帽を被って、赤いたすきをかけた父親は肩幅の広い姿勢を毅然として、日の丸の旗を持ったみんなから送られて、平常は、あまり人の通らないさびしい路を、町の方へといったのでありました。それは、ついこのあいだのことと思ったのが、はや二年ばかりになりました。そして、その父親が、中支の戦線で、激戦の際、戦死を遂げたという知らせがとどいたので、さすがに、家のものはじめ、村の人々は、まったく夢のような気がしたのであります。あの健康な、意志の強い男が、もうけっして、もどることがないと思ったからでした。
 達吉の母親は、やせ形な、女らしい、優しい性質の人でした。父親が、いなくなってから、達吉は学校が退けて、途中から友だちと別れて一人ぼっちで帰ると、こんど父親に代わって母親が、手ぬぐいを被ってうつむきながら、たんぼで野菜の中に埋もれてせっせと働いているのを見ました。
 しかるに、この母親とも別れた。達吉は、いつになっても、その日のことを考えるとたまらなくなるのでした。それは、父親の戦死を聞いたときよりも、もっと悲しさが深く胸に迫ってくるのでした。
 母親は、まくらもとへ達吉を呼びました。
「もし、私が病気で死んだら、おまえは、東京の伯父さんのところへいくのだよ。伯父さんも、いい人だから、よくいうことをきくのだよ。」
 そのとき、母親の目から、涙が落ちて、黄色なほおを伝って、まくらをぬらしたのです。
「お母さん、死んじゃいやだよ。」と、達吉は、急に大きな声で泣き出しました。すると、てつだいにきていた、村の女の人が、あわててへやへ入ってきて、
「なんで、お母さんが、坊だけ残して死になさるものか。じきによくなって、起きなさるから、さあ、すこしあっちへいって遊んできなさいね。」と、外へ抱くようにして、つれていったのでした。
 その夜であった。すさまじい北風が吹き募った。秋の深くなったという知らせのように、風はヒュウヒュウと叫んで、野原をかすめ、林の頭をかすめて、木や、枝についている葉をことごとくもぎとっていったばかりでなく、いっしょに達吉の母親の命もさ…

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