えあ草紙・青空図書館 - 作品カード
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道の上で見た話
みちのうえでみたはなし |
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作品ID | 51690 |
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著者 | 小川 未明 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「定本小川未明童話全集 14」 講談社 1977(昭和52)年12月10日 |
初出 | 「こどもペン 3巻4号」1949(昭和24)年4月 |
入力者 | 特定非営利活動法人はるかぜ |
校正者 | 酒井裕二 |
公開 / 更新 | 2018-01-26 / 2017-12-26 |
長さの目安 | 約 8 ページ(500字/頁で計算) |
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いつものようにぼくは坂下の露店で番をしていました。
このごろ、絵をかいてみたいという気がおこったので、こうしている間も、物と物との関係や、光線と色彩などを、注意するようになりました。また坂の上方の空が、地上へひくくたれさがって、ここからは、その先にある町や、木立などいっさいの風景をかくして、たとえば、あの先は海だといえば、そうも思えるように、いくらも空想の余地あるおもしろみが、だんだんわかってきました。
その日は、からっとよく晴れていました。ただおりおり風が、砂ぼこりをあげて、おそいかかるので、気持ちがおちつかなかったけれど、毎年、夏のはじめには、よくある現象でした。
ちょうど、若い女が、店の前へ立って、石けんを見ていましたが、ここをはなれて、あちらへいきかけたときです。とつぜん、坂の上から、おそろしい突風が、やってきて、あっというまに、女のさしている日がさをさらって、青空へ高く、風車のように、まきあげました。それは、またはなやかなアドバルーンのようにも、糸が切れた風船玉のようにも、うすべに色をして、美しかったのです。そして、日がさは、くるりくるりとまわりながら、あてもなく飛んでいくのでした。
このとき、通りかかった人々は、たちどまって、上をむき、あれよ、あれよといってさわぎました。けれど、なかには、自分になんの関係もないできごとといわぬばかり、ふたたび見あげようともせず、さっさといくものもありました。こんなさいちゅうに、たぶんこのあたりをうろつく、浮浪児でしょう。
「おれが、ひろうぞ!」と、叫んで、二、三人往来の人をかきわけ、かけていきました。
風に、日がさをさらわれた、女の人は、顔を赤くして、とりかえしのつかぬことをしたと思ったのでしょう。いそいで、その方向へいきかけましたが、五、六歩もいくと、きゅうに思いとまって、もどりかけました。そして、店の前まできたので、
「そんなに、遠く飛んでは、いきませんよ。」といって、ぼくは女の人を力づけようとしました。
「いえ、だれかすぐにひろってしまいますでしょう。」と、彼女は答えて、もはや、あきらめたように、いってしまいました。
こう聞いたとき、ぼくは、なんということなく、悲しかったのでした。
なんで、女は、あきらめなければならぬかと思ったからです。自分のものでありながら、それを保証する道徳のなかったこと、こんな、よいわるいの分別がなくなるまで、社会がくずれたかという、なげきにほかありません。
健全な秩序のなくなるということは、まっ暗な晩を、あかりをつけずに、道を歩くようなものです。ぼくには、ちょうど、そんなようなわびしさを感じたのでした。
二、三日前のこと、ぼくは、おなじ通りで、古本店を出している、おばさんから、童話の本を借りてきて、番をしながら読みました。そして、それに書いてある話に、ふかい感激…