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夕焼けがうすれて
ゆうやけがうすれて
作品ID51708
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 12」 講談社
1977(昭和52)年10月10日
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者酒井裕二
公開 / 更新2017-09-18 / 2017-08-25
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 汽笛が鳴って、工場の門をでるころには、日は西の山へ入るのでありました。ふと、達夫は歩きながら、
「僕のお父さんは、もう帰ってこないのだ。」と、頭にこんなことが思い浮かぶと、いつしかみんなからおくれて、自分は、ひとりぼんやりと、橋の上に立っていました。
 もはや通る人もありません。水は海の方へ向かって流れています。広告燈の赤い光が、川水のおもてに映っていました。
「いつか、お父さんに海へつれていってもらった。帰りは、暗くなった。そして、電車の窓から、あの広告燈が見えたっけ、あのときは楽しかったなあ。」
 学生服を着た少年の目から、熱い涙がながれました。つねに彼はほがらかだったのです。お父さんは、お国のために戦って、死んだのだ。そして英霊は永久に生きていて、自分たちを見守っていてくださるのだ。だからさびしくないと信じていたのでした。しかるに、どうしたのか、今日は、ばかにお父さんのことが思い出されてなつかしかったのです。
「もし、生きていらして、あの小山くんのお父さんみたいに、凱旋なさったらなあ。」と、考えると、思っただけで、飛びたつような気がしました。
 ちょうど、このとき、灰色の影が、銃をかついで、あちらから橋を渡って、足音をたてずに、きかかりました。
「あっ、お父さんでないか。」
 達夫は、目をみはりました。たとい、幽霊でも、お父さんだったら抱きつこうと待っていると、それは、釣りざおをかついで、どこかの人がつかれた足を引きずりながらくるのでした。
「駅へは、まだ遠うございますか。」と、その人が、たずねました。
「この町をまっすぐにいって、つき当たるとじきです。」と、達夫は、おしえました。
 ぶどう色に空は暮れて、ボーウと、サイレンが鳴りひびきました。これから、工場では、夜業がはじまるのです。
「非常時のことで、仕事が忙しくなりました。体が強健で、希望の方は、奮って居残ってもらいたい。」と工場長のいった言葉が、達夫の耳に、はっきりとよみがえりました。
 同時に、彼は、戦時日本の勇敢な少年工であったのです。急に、彼の足には力が入ったし、両方の腕は、堅くなりました。町へ入ると、ラジオの愛馬進軍歌がきこえてきました。彼は、いつものごとくほがらかで、口笛をそれに合わして、家に帰るべく駅の方へ歩いていました。
「ああ、おそくなった。」
 電車に乗って、腰を下ろすと、ひとり言をしました。外は暗くなって、ただ町の燈火が星のように、きらきらしているばかりです。彼は、いつも帰る時分に、晴れた空にくっきりと浮かび出た、国境の山々の姿を見るのが、なによりの楽しみだったのです。人のめったにいかない清浄な山の頂や、そこに生えて、風に吹かれている林の景色などを考えるだけでも、一日の疲れを忘れるような気がしました。そして、お父さんの霊魂は、きっとあんなような清らかなところに住んでいらっし…

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