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夢のような昼と晩
ゆめのようなひるとばん
作品ID51716
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 13」 講談社
1977(昭和52)年11月10日
初出「良い子の友」1946(昭和21)年6、7月合併号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者酒井裕二
公開 / 更新2017-12-21 / 2017-12-10
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 赤い花、白い花、赤としぼりの花、いろいろのつばきの花が、庭に咲いていました。そうして、濃い緑色の葉と葉のあいだから、金色の日の光がもれて、下のしめった地の上に、ふしぎな模様をかいていました。
 葉がゆれると、模様もいっしょに動いて、ちょうど、水たまりへ落ちた花が、浮いているようにも見えました。
 また、どこからともなく、そよ風に、桜の花びらが飛んできました。
「ああ、なんというおだやかな、いい日だろう。」
 少年は、うっとりと、あたりをながめていました。
 そのとき、ピアノの音が聞こえました。
「前の家のおねえさんも、いいお天気なので、おひきなさる気になったのだろう。」
 しかし、これほどよく、音と色とが、調和することがあるだろうか。
 少年は、色鉛筆と紙を、そこへなげ捨ててしまいました。なぜなら、花だけをかいても、音をかくことができません。このさい、それを自分の力で表せぬなら、いっそなにも書かぬほうがよかったのです。
 少年は、ただ自然の美しさと、やさしさに見とれるばかりでした。
「きのうきょうは、花のさかりだけれど、一雨くれば、みんな散ってしまいますよ。」
 お母さんが、けさおっしゃった言葉が、ふと頭に浮かんだので、少年は、いっそうこの景色を、とうとく、いとしいものに思いました。
「金魚やあ!」と、かすかに呼び声がしました。
 たちまち、少年の注意は、そのほうへとられたのです。すべてを忘れて、しばらく熱心に耳をすましました。
「どこだろうな。」
 しかし、それきり、その声は聞こえませんでした。少年は、じっとしていられなくなって、ついに、門の外へ出て、方々をながめたのです。
 町の方へつづく道の上には、かげろうがたち、空の色はまぶしかった。しずかな真昼で、人通りもありませんでした。金魚売りのおじさんは、きっと、あっちの露路へまがったのだろう。そう思っていると、こっちへかけてくる子供がありました。
 はじめ、その姿は小さかったのが、だんだん大きくなって、よくわかるようになると、手にブリキかんを持っていました。それは、隣家の武ちゃんでした。
「武ちゃん! 金魚を買ったの。」と、少年はそっちを向いて、大きな声でいいました。
 武ちゃんは、ちょっと、道の上に立ちどまりました。そうして、手に持ったかんをのぞいているようすでした。
 これを見た少年は、
「どうしたの、武ちゃん?」と、こんどは、そのそばへと走りました。ブリキかんの中には、一匹の金魚が、あおむけになって、ぱくぱく、口をやっていました。
「あまり飛んできたから、びっくりしたんだよ。たった一匹なの?」
「まるこの子だよ。尾の短いの二匹より、一匹でも、このほうがいいだろう。」
 二人ののぞく頭のあいだから、太陽ものぞくように、光はかんの中へ射こんで、金魚のからだが、さんらんとして、真紅に金粉をちらすがごとくも…

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