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世の中のために
よのなかのために
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 14」 講談社
1977(昭和52)年12月10日
初出「少国民の友」1947(昭和22)年4月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者酒井裕二
公開 / 更新2018-05-11 / 2018-04-26
長さの目安約 9 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 毎日雨が降りつづくと、いつになったら、晴れるだろうと、もどかしく思うことがあります。そして、もうけっして、この雨はやまずに、いつまでもいつまでも降るにちがいないと、一人できめて、曇った空を見ながら、腹立たしく感じ、あの空へ向かって、大砲でも打ってみたらと空想することがあります。
「どうした天気だろうな。」と、人の顔を見さえすればうったえるのでした。
 ところが、とつぜん、雲が切れて、青い空がのぞき、黄金色の矢のような、日の光がさすと、さっきまでのゆううつが、どこかあとかたもなく消えてしまって、心までが別人のごとく変わるのでした。
 きれいにすみわたった空の下では、あの曇った日にいだいた、ゆううつな思いを、二度味わってみたいと思っても、どうなるものでもありません。しかし、こんなことは、どうだっていいのです。ところが、僕は、ふと空想に浮かんだ、ある重大な問題をどうかしたはずみに忘れてしまったのです。それは忘れたですまされない、自分の一生を左右するとまで考えたものだけに、どうしても、もう一度それを思い出さなくてはならなかったのでした。そして、思い出すまで、僕は、毎日ゆううつな日を送りました。
 あるときは、机の前に立ったり、すわったりしました。家の内を歩いてみました。どうかして、それを思い出そうとこころみました。しかし、雲をつかむようで、考えたことが、なんであったか、まったく見当がつきません。だが、最初それを考えた糸口となったものが、あったにちがいない。それは、なんであったか、僕は昨日から、今日へかけて、散歩した場所を目に浮かべたり、読んだ書物について、吟味したりしたのでした。けれど、やっぱり雲をつかむようだったのです。
 あるとき、友だちが、僕と話したときに、いつもノートを持つ必要があるといいました。それは、歩いているときでも、また床の中にあるときでも、いい考えが浮かんだり、なにか気づいたことがあるときは、それを書きとめておかぬと忘れるというのです。だが、僕は友だちに向かって、そんなに、じき忘れてしまうような考えなら、けっきょくたいしたものでないだろう。ほんとに大切な思いつきなら、けっして、忘れることはないはずだといったのでした。
 ところが、こんど、はじめて、かげのごとく、心の上をかすめて通る真理があり、たくみにそれをとらえれば、その真理こそ、人生にとって重大なねうちのあるものであるが、そのまま忘れてしまえば、永久に去ってしまうものなのを知りました。
 それを僕が、ふたたび思い出したのも、また偶然だったのです。
 ある日の晩方、友だちが、遊びにきて、
「君は、チフスの予防注射をしたかい。」と、聞きました。ちょうど、そのころチフスが発生したと新聞に書いてありました。
「去年、チフスと天然痘の予防注射をしたよ。」と、僕は、答えたのです。すると、友だちは、
「人間…

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