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世の中へ出る子供たち
よのなかへでるこどもたち
作品ID51719
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 12」 講談社
1977(昭和52)年10月10日
初出「婦人朝日」1939(昭和14)年1月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者酒井裕二
公開 / 更新2017-11-24 / 2017-10-25
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 正吉の記憶に、残っていることがあります。それは、小学校を卒業する、すこし前のことでした。ある日、日ごろから仲のいい三人は、つれあって、受け持ちの田川先生をお訪ねしたのであります。先生は、まだ独身でいられました。アパートの狭いへやに住んでいられて、三人がいくと喜んで、お茶を入れたり、お菓子を出したりして、もてなしてくださいました。
「君たちの卒業も、だんだん近づいたね。もうこれまでのように、毎日顔を合わせることができなくなる。小原くんは、入る学校がきまったかね。」と、一人の方を向いて、おっしゃいました。
「はあ、兄さんが、中学校へ入ったらいいというのですけれど。」と、小原は、下を向きました。
「君のお兄さんは、やさしい方だ。君は、もっと体をじょうぶにせんければいけんよ。」
 先生は、じっと、早く両親に別れた小原の細々とした体を見ていられました。
 高橋は、早く父親に別れたけれど、母親があるのでした。正吉だけは、両親がそろっていて、いちばん幸福の身の上であったのです。
 外には、寒いから風が吹いていました。ときどきガラス窓をガタガタと鳴らしました。
 先生は、しばらくだまっていられましたが、
「みんなは、世間に名を知られるような、えらい人になれなくともいいから、正しい人間となって、どうか幸福に暮らしてもらいたい。」といって、うつむかれたが、そのとき、目の中に涙が光ったのです。先生のお言葉は、胸にしみて、思わず知らず、三人は、いっしょに頭を下げました。



 それは、つい、昨日のことのようなのが、もう四、五年もたちます。小学校を出てから、三人の身の上にも、変化がありました。中でも気の毒なのは、小原で、体が弱くて、中学校を退きました。正吉も、また最近母を失って、年をとった父親だけとなりましたが、工手学校を出ると、すぐ勤めています。高橋は、このほどようやく工芸学校を卒業して、田舎へいくことになったのです。
 正吉と高橋は、同じ種類の学校でありましたので、平常も往来をして、自分たちの希望を物語ったり、身のまわりにあったことなどを打ち解けて、話し合ったのでした。
「僕のお母さんはね、昔の芝居が好きなんだよ。だけど歌舞伎座なんて、高いだろう。それに、いく暇もないのさ。僕と妹のために、盛り場さえめったに出られなかったのだものね。僕は、お母さんが達者なうちに、すこしは楽をさしてあげたいと思うのだけれど、おぼつかないものだな。」と、ある日、高橋は、正吉に向かって、いいました。
「しかし、お母さんは、お達者なのだろう。」
「ああ、病気ってしたことがないよ。それも、二人の子供を自分の手で養育しなければならぬので、気が張っているんだね。」
 高橋は、そう答えました。正吉は、お母さんのことを考えると、すぐ、涙が目にあふれてくるのです。
「僕も、一度お母さんを、湯治にやってあげ…

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