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アパートで聞いた話
アパートできいたはなし
作品ID51721
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 14」 講談社
1977(昭和52)年12月10日
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者酒井裕二
公開 / 更新2018-09-04 / 2018-08-28
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 そのおじさんは、いつも考えこんでいるような、やさしい人でした。少年は、その人のへやへいきました。
「なにか、お話をしてくださいませんか。」と、たのみました。
「どんな話かね。」と、おじさんは、聞きました。
「どんな話でもいいのです。」と、少年がいうと、おじさんは、つぎのような話をしてくれたのです。

 二、三日まえの新聞にあったが、街の中央へビルディングができるので、地を深くほりさげていると、動物の骨が出てきた。それを学者がしらべて、およそ二万年も前の人間の骨で、まだ若い二十歳前後の女らしいが、たぶん波にただよって、岸に死体がついたものだろう。この街のあるところが、当時は海岸であったのがわかるというのだ。
 この記事を見て、私は考えさせられた。大和族より、もっとさきに住んでいた民族であろう。そのような遠い昔から、人類には悲しみや、不幸というものが、つきまとっていたのを知ったからだ。いかなる災難か、またなやみからで、その女は死んだのであるが、若い身でありながら、人生のよろこびも、たのしみも、じゅうぶん知らずして、死んでしまったのだ。
 幾十世紀かの間には、海が陸となったり、また陸が海になったりして、おどろくような事実があるにちがいないが、それよりも、人間の生命のはかなさというものを、より強く感じられる。そして、いつの世でも、一生をぶじ幸福に生きるということは、容易のことでないらしい。
 このアパートの、下のへやにいる娘さんをごらん。つとめに出るときは、お化粧をして、そのふうがりっぱなので、人目には、いきいきとして、美しくうつるので、さぞゆかいな日を送ってるだろうと思うけれど、家へ帰って、仕事をするときのすがたを見ると、つかれて顔色が青白いじゃないか。母親が病気で長くねていては、自分は気分がわるいからとて、休むことさえできないのだ。
 ゆうべも、この窓から大空をながめると、数えきれないほどの、たくさんな星の群れだ。それらの星が、思い思い美しく光っている。なんとなく、見ていてうらやましい。おそらく、永久に夜ごと、こうしてさんらんとして輝くことだろう。それだのに、人間だけは、どうして、こんなにはかないのだ。
 私は思った。人間には、みずからをまもり、あいてをとうとぶという美しい道があったのを忘れたからである。それで、破滅をいそぐような、自殺をしたり、戦争を起こしたりするのだ。
 自然界に法則があれば、人間界にも法則がある。どの星を見ても、ほこらしげに、また安らけく輝くのは、天体の法則を守るからだ。もし、星が、軌道をあやまつなら、瞬間にして、くだけて、ちってしまったろう。

「おじさんは、星を見るのがすきですか。」と、少年は、聞きました。
「私は、子供の時分、星空を見るのが、なにより好きだった。神さまのかいた絵でも見るようで、いろいろふしぎな空想にふけったものだ。」…

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