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クラリネットを吹く男
クラリネットをふくおとこ
作品ID51722
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 12」 講談社
1977(昭和52)年10月10日
初出「せうがく三年生」1940(昭和15)年2月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者酒井裕二
公開 / 更新2016-11-28 / 2016-09-09
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 李さんが、この町にすんでから、もう七、八年になります。いまではすっかり町の人としたしくなって、えんりょ、へだてがなくなりました。工場へつとめ、朝出かけて晩に帰ってきます。
 休みのときは、よく近所の源さんのところへあそびにいきました。この二人は、わけて仲がよかったのです。源さんは会社につとめて、ごくほがらかな性質でありましたが、李さんはそれにくらべて口数の少ない、うちきなところがありました。
 二人は、顔を見ると、将棋をさしました。源さんのほうが、いくらか李さんよりは強いようでした。しかし、李さんは、音楽にも趣味をもっていて、ラジオで、歌を放送するときなど、将棋をさしながら、自分の駒がとられるのも知らず、歌のほうに気をとられていました。あるとき、朝鮮の歌が、若い女の人に歌われました。
 李さんは、目に涙をためて聞いていました。
「李さん、あれはどんな歌かね。」と、源さんがきくと、李さんは、さびしく笑って、
「鳥、鳥、どこへいく、あちらの山へというような歌ですよ。」と、答えました。
「ははあ、どこの国も、子守唄は、かわらないんだね。」
「そうですとも、私、子供の時分に、おばあさんが、よく歌ってくれました。」
「李さんは、クラリネットが、うまいそうだが、ひとつきかせておくれよ。」と、源さんがいいました。
「私の生まれた町へも、あめ屋がよくクラリネットを吹いてきました。私、あの音が大すきで、はたらくようになってから、古道具屋に下がっていたのを買って、吹くことをおぼえました。こんど、野原へいってきかせます。」
 李さんが、休みの日には、源さんが出かけなければならなかった。二人が、クラリネットを持って、そとへいくような日は、ついにこなかったのでした。
 ある日、李さんは一人で土手の上でクラリネットを吹いていました。もう、夏もいくころで、空には、赤い花びらをちらしたように、雲が美しく飛んでいました。
 ちょうど良ちゃんと清ちゃんが、川を後にして、釣りから帰ってくる途中でした。二人は話しながら、いい音のする方へ、土手を上って近づいてきました。
「あっ、だれだと思ったら李さんか、うまいんだなあ。」と、良ちゃんは、感心しました。
「もう一つ、なにか吹いてきかせておくれよ。」と、清ちゃんがたのみました。すると李さんは、しずかにくれていく、遠い空の方をながめながら、「ぼうやはいい子だ、ねんねしな」の子守唄を吹いてきかせました。二人の少年は、じっと耳をすましてきいていました。バケツを下に置いて、さおを肩にかついだまま、お母さんに抱かれていたころを思い出すように……。
 それから、三人は、話しながら、お家の方へ帰っていきました。
「僕は、学校で会があると、ハーモニカを吹くんだよ。」と、良ちゃんが、いいました。
「李さん、良ちゃんはうまいんだよ。」
「こんど、クラリネットと合わせてみ…

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