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近頃感じたこと
ちかごろかんじたこと
作品ID51808
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「芸術は生動す」 国文社
1982(昭和57)年3月30日
入力者Nana ohbe
校正者仙酔ゑびす
公開 / 更新2012-01-20 / 2014-09-16
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 今年の夏になってからのことでした。私は庭のありを全滅してしまわなければならぬと考えました。日ごろから、ありは多くの虫のなかで、もっとも利口であり、また組織的な生活を営んでいる、感心な虫であることは、知っていましたが、木や、竹に、油虫をはこび、せっかく伸びた芽をいじけさせて、その上、根もとに巣をつくり、幹に穴などをあけるのでは、客観的にばかり、ながめてもいられなくなって、害虫として駆除しにかゝったのです。
 草花屋から、買ってきた殺虫液の効能書には、あり退治にもきくように記してあったが、なぜか、ありにはきくまいというような感じがしました。はたして、使用して見ると、その日だけは、ありの姿を消すが、あくる日になると、依然として、彼等は、木を上ったり、下ったりしているばかりでなく、竹の葉先などには、昨日よりも多くの白い油虫がついているのを認めたのでした。

 あるいは、草木にさわると思って、薬を加減したせいかもしれない。これならば、きかぬはずがあるまいと、次には、濃いのをかけて見ました。敏感なあり達は、すばしこく逃げたのであるが、薬のかゝったのだけは、よろめきながら歩いて、やがて、そのまま倒れてしまいました。
 けれど、翌日になって、来て見ると、前日に変りなく、かつて何事も起らなかったように、黒い、小さな影は、あたり一面に動いていました。いかに多数でも、かぎりがあるから、根絶やせないはずはない。やはり、薬がきかないのだと思って、いろ/\新しい薬を求めて来ました。どれにしても、ウエノトロン、もしくは、ニコチン製のものだったろうが、園芸の領野が広いだけに、沢山会社もあるものだと思いました。
 ついに、この種の薬は、他の虫にはきいても、ありだけには、絶対的の信用が置けぬことを悟りました。それは、ありが薬に抵抗力の強いばかりでなく、全く、薬を使用しきれぬ程の多数群であるのと、人間でも及ばぬ、堅ろうな組織を有するからでした。

 たま/\、学校へ出られる途すがら立寄られた横山博士に、何か、ありを退治する良い薬はないものですかとたずねたのです。博士は、敬虔な生物学者に共通の博愛心から、「かわいそうにな、ありは、勤勉な虫だが、どういうものか、みんなにきらわれる。熱湯でもかければ、死ぬには死ぬが……」と、答えられたのです。
「ありと蜂」の生活についてファーブルに比すべき研究のあったこの人に、かくのごとき質問をするのは、間違っていたと、私はすぐに気付いたのでした。

 その後でした。私は撒布液のはいった、器械を手に握って、木の下に立っていると、うしろから、「お父さん、いくらしたってだめよ。集団との戦いですもの、負けるにきまってゝよ」と、娘が、笑ったのでした。
 成程、そういえないこともなかった。彼等は、夜のうちに、死んだ友をことごとく片づけて、明くる日は、さらに新しく生活戦を開始す…

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